桂は、じっと目の前に座っている千尋を見つめた。
彼と初めて会ったのは、宮川町界隈の茶屋だった。
異国との混血とすぐに解る黄金色の髪と蒼い瞳に、薔薇色の頬。
まるで、美人画からそのまま抜け出てきたような美少年だった。
その彼と、こうして敵同士として再会を果たすことになるとは。
「もう一度聞こう。何故君はわたし達を手助けしながら、壬生狼の元に居るのだ?」
「理由は、ありません。ただわたくしは、ある方達と契約を交わしました。」
「その者達は、誰だ?」
「それは、教えることはできません。たとえあなたでも。」
千尋はそう言うと、桂を蒼い瞳で見つめた。
「・・君はいつも、わたしの問いには答えてくれないんだね。」
桂は寂しそうに笑いながら、千尋を抱き締めた。
「もう置屋に戻らなくてはいけません。桂さん、落ち着いたら文をください。」
「ああ、解ったよ。」
千尋は桂から離れると、部屋から出て行った。
その背中を、桂は愛おしそうに見つめた。
(千尋・・)
宮川町で彼ががらの悪い男達に絡まれているところを桂が救い、彼は礼を言って自分に微笑んだ。
その笑顔は、まるで西洋の天使のように穢れのないものだった。
桂はその瞬間、千尋に恋に落ちた。
だが千尋は、桂が自分を想っていることを知りながら、わざと冷たくした。
桂はそんな事で千尋への想いを諦める筈がなく、彼らの恋という名の狩りは延々と続いていくのだった。
(どうしたらわたしは、お前の心を掴むことができるんだ?)
「随分と着飾っているな?」
夜の帳が下りた花見小路を千尋が歩いていると、頭上から声がした。
彼が屋根の上を見上げると、そこにはあの黒服の男が立っていた。
「仕事です。それよりもあなたは、一体何をしに京へ?」
「それは教えないよ。それよりもお前は、男を惹きつけてやまないようだね。さっきの男は、お前の事を想っているようだ。」
「見ていたのですか・・」
桂との密会を男に見られていると知り、千尋は頬を羞恥で赤く染めた。
「お前は、あの男の事をどう思っているのだ?」
「それはあなたには関係のない事です。」
千尋はそう言って男を睨んだが、男はそれを鼻で笑い、屋根から飛び降りて千尋の肩を抱いた。
「お前は罪な奴だ、ルクレツィア。」
「その名は捨てました。あなたはこれから、どうなさるおつもりなのですか? いつまでもこちらに居ては、色々と煩く言う方もおられるでしょうに。」
「わたしはお前が彼らをどのように操るのかを見物したいだけだ。」
男がそう言って千尋の耳元でそう囁いた時、近くの路地からばらばらと数人の浪士達が出てきた。
「日本を占領せんとする異人め、天誅を下してやる!」
すっと、長身の侍が男に向かって突進してきたが、彼は咄嗟に杖で応戦し、なんなく侍の攻撃をかわした。
「千尋、逃げなさい。」
「ですが・・」
「あの男はお前に惚れている。それは間違いないよ。」
激しい剣戟の中でも、男は汗ひとつ掻かずに涼しい顔をしながら千尋にそう言うと、笑った。
千尋は彼に頭を下げると、来た道を戻った。
「女が逃げたぞ、追え!」
浪士達が自分を追って来る気配がしたが、高めの草履を履いた足では、走る事は出来なかった。
それでも千尋は、彼らとの距離を少しでも広めようとして、必死に走った。
だが、後頭部を何かで殴られ、彼は気を失った。
「人に見られないように、さっさと運べ。」
「ああ。」
長身の侍がさっと地面に倒れている千尋の身体を抱き上げると、仲間とともに闇の中へと消えていった。
千尋が倒れていた地面には、珊瑚の簪が光っていた。
「これは・・」
数刻後、出逢い茶屋を出た桂は、その簪を拾い上げ、千尋に何かが起こったのだと悟った。
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