「口を開けてください、土方さん!」
「自分で食えるよ、総司。」
歳三は自分にお粥を食べさせようとする総司に向かって半ば呆れたような顔をした。
「駄目ですよ、土方さん。胸の傷が塞がったとはいえ、暫く安静にしているようにと松本法眼から言われてるんですから。」
「へぇへぇ、解ったよ。」
歳三はうんざりとした口調でそう言った時、副長室の襖が荒々しく開いた。
「土方、傷の具合はどうだ?」
少し太めの身体を揺らしながら、蘭方医・松本良順が歳三の元へとやって来た。
「松本さん、怪我人には養生が必要なんじゃないのか?あんたの声を聞いていると心と身体が休まる暇がねぇ。」
「そんな事言ってんじゃねぇよ。傷の具合を診てやるよ。」
良順はそう言うと、歳三を診察し始めた。
その頃千尋は、厨房で茶を淹れていた。
「千尋殿、どちらへ?」
千尋が顔を上げると、そこには新入隊士の平田湊が立っていた。
「副長室へ。何かご用ですか?」
「いえ・・副長の傷の具合はどうなのかなぁと。」
「傷は塞がりましたが、まだ油断はできません。あの出血量で助かったのは奇跡だと松本法眼がおっしゃってましたし。お話はそれだけですか?」
湊に警戒心をあらわにしながら千尋がそう彼に尋ねると、彼は静かに首を横に振った。
「いいえ、ただ気になってしまって。」
「そうですか。」
千尋は厨房を出て行くと、副長室へと向かった。
「湊、千尋から何か聞き出せたか?」
千尋が出て行った後、もう1人の隊士・久田義光が入って来た。
「何も。あいつ、結構手強いぜ。長州と幕府の二重間者の癖に、中々尻尾を出しやしない。」
「ふん、それはそうだ。それにしても義、お前射撃の腕が落ちたな。」
「まさか副長に当たるだなんて思ってもみなかったんだよ。あのまま死んでいれば良かったものを。」
「ったく、計画が狂ったぜ。」
「仕切り直さないとな。」
彼らの話を、監察の山崎が密かに聞いていた。
「じゃぁな、土方。余り無理するんじゃねぇぞ!」
「ったく、煩せぇ奴だ。」
良順が診察を終えて副長室から出て行くのを見送った歳三が溜息を吐きながら布団にくるまっていると、山崎がやって来た。
「副長、報告があります。」
「山崎か、入れ。」
「失礼します。」
歳三は布団から身体を起こし、山崎の報告を聞いた。
「そうか・・長州の間者が隊内に潜んでるとはな。千尋、山崎とあいつらの動きを探れ。」
「解りました。」
「出来れば俺があいつらを拷問に掛けたいところだが、こんな身体じゃどうにもできねぇよ。宜しく頼むぞ。」
「ええ。」
千尋はそう言うと、山崎とともに副長室から出て行った。
「山崎さん、先ほど厨房で平田から声を掛けられました。しきりに副長の容態を気にしているようでした。」
「そうか。怪しいな。」
「向こうもわたくしの方を知っているでしょうから、慎重に動かないといけませんね。」
隊内に居る間者を炙り出すには、性急な行動は禁物だ。
「ではわたくしはこれで。」
「ああ。」
山崎と別れ、千尋が道場へと入ると、そこには一と総司の姿があった。
「沖田先生、稽古が出来るようになられたのですね?」
「ええ。土方さんのお世話で大変ですから、身体を鍛えませんとね。」
「そうですか。」
千尋がそう言いながらも、周囲を見渡していると、そこには湊の姿があった。
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