平然と笑顔を浮かべ、総美は脇差を握りながらじりじりと千尋との距離を徐々に縮めていった。
「奥様・・お許しください。」
「駄目よ。千尋さん、二度と粗相をしないように指を斬り落としたうえであなたの綺麗な目をこれで抉って差し上げるわ。大丈夫、わたくしこれでも免許皆伝の腕前を持っているのよ。だから痛くないようにしてさしあげるから、安心なさってね?」
そう言った彼女の口調は穏やかだったが、紫紺の瞳は狂気で光っていた。
「お願い致します・・お許しください!」
「止めねぇか、総美。」
土方は千尋と総美との間に割って入ると、彼女の手から脇差を取りあげた。
「あなた、どうして口出しなさるの? わたくしはこの子に・・」
「俺はこの家の家長だ。俺の命令に従えねぇってなら、お前を即刻ここから叩きだしてもいいんだぜ。」
「あなた、それだけはお許しを! あなたに捨てられたら、わたくし生きてゆけませんわ!」
「解りゃぁいいんだよ。千尋、来い。」
「はい、旦那様。」
土方の寝室へと入った千尋は、情事の残り香が色濃く残る部屋の空気に思わず顔を顰めた。
「手を出せ。」
「お許しください、旦那様!」
脇差で指を斬り落とされるのでは、と思った千尋は、必死に土方に向かって許しを乞うた。
「つい出来心で・・お許しを!」
「手を出せっつってんのが聞こえねぇのか? 指を斬り落としたりはしねぇよ。」
千尋は涙を堪え、恐怖で身を震わせながら土方の前に両手を差し出した。
「ちょっと待ってろ。」
土方はそう言うと寝室を出て、書斎へと消えていった。
「命拾いしたわねぇ、千尋さん。」
寝台でだらしなく横たわった総美が、そう言って小馬鹿にしたような笑みを口元に浮かべた。
「待たせたな。」
寝室に戻って来た土方が右手に持っていたものは、乗馬用の鞭だった。
「すぐに済ませてやる。」
土方はそう言うと、鞭を千尋の両手に振り翳した。
ビュゥと空気が唸る音がしたかと思うと、激しい衝撃が両手を襲い、千尋は思わず悲鳴を上げた。
「もういいぞ。出て行け。」
「失礼致します、旦那様・・」
千尋は俯いたまま、寝室から出て行った。
「あなた、あの子には甘いのね。わたくしだったら、半殺しにさせるのに。」
総美は夫にしなだれかかりながらそう言うと、彼は鞭を持ったまま彼女を寝台へと押し倒した。
「どうしたの、あなた?」
「総美、お前ぇは俺にいたぶられるのが好きなようだな。」
土方はそう妻の耳元で囁くと、乱暴に帯締めを解き、彼女をうつ伏せにさせた。
「お前の望み通りにしてやるよ。」
「あなた・・」
土方は狼狽する妻の背に、思い切り鞭を振り下ろした。
翌朝、痛む手を擦りながら、千尋は暖炉に火を灯していた。
「どうしたの、その手?」
「ちょっと花瓶を落として割ってしまいまして・・旦那様からお叱りを受けてしまいました。」
「後で塗り薬を持ってくるわね。」
「ありがとうございます。」
暖炉に火を灯し、居間を出ようとした時、千尋は土方の視線に気づいた。
「おはようございます、旦那様。」
「手は大丈夫か?」
「はい。ではわたくしはこれで。」
「朝食の後、ちょっと話せるか?」
「はい・・」
「じゃぁ、書斎に来い。」
土方はぶっきらぼうにそう言うと、居間から出て行った。
情事を覗かれたことに腹を立てる妻からとっさに千尋を庇う土方さん。
彼女には非がないと解りつつも、千尋にお仕置きをしてしまいます。
使用人には優しい土方さんなのですが、彼なりのある種の“けじめ”でしょうか。
次回、山崎さんを登場させねば。
にほんブログ村