土方が寝室から戻ると、千尋はもうすでに居なかった。
主人の朝とは違い、使用人の朝は早い。
夜着からシャツとズボンに着替えると、前髪を撫でつけながら土方がダイニングルームへと降りると、そこには黒のワンピースの上に白いエプロン、頭にはヘッドドレスを付けたメイド姿の千尋が総美に給仕をしていた。
「おはようございます、旦那様。」
自分に頭を下げた千尋は、昨夜の事など何もなかったかのようにそう言うなり、ダイニングから出て行った。
「あなた、どうなさったの?」
「いや、何でもねぇよ。」
総美は、昨夜何があったのか知らないし、地下牢にロゼが閉じ込められている事も知らない。
「あなた、今日は折角のお休みなのだから、何処か2人で出掛けたいわ。遠乗りにでも・・」
「それはまた今度にしよう。」
土方がそう言うと、総美は唇を尖らせて拗ねた。
「あなた、もしかして女の方とお会いになるのかしら? 嫌よ、わたくしだけを見て下さらないと。」
「そんなんじゃねぇよ。」
何とか土方が総美を宥めていると、千尋がダイニングに戻って来た。
「千尋、何処へ行っていた?」
「厨房へ・・」
千尋はそう言って土方と目を合わせぬようにしたが、そんな事を見逃す彼ではなかった。
「お前ぇ、地下牢に行っていただろう?」
「あなた、地下牢に誰かいらっしゃるの?」
土方と千尋の会話に、総美が食いついて来た。
「お前ぇには関係のねぇことだ。」
「まぁあなた、その子と秘密を共有なさるつもりなのね。許さなくてよ、わたくしを蔑ろになさるなんて!」
総美はそう言うと、癇癪を起し始めた。
「奥様、お部屋にお戻りになられては・・」
斎藤がそう言って総美へと近づこうとした時、彼女は首を横に振った。
「あなた、地下牢へ案内してくださいな。わたくし、誰が居るのかを見てみたいわ。」
「総美、お前ぇには関係ねぇことだ。」
「千尋さんと地下牢で乳繰り合おうなんてさせませんわ。さぁ、今すぐに案内して頂戴!」
まるで自分の要求を相手が呑むまで癇癪を起こす我が儘な子どものように、総美はそう叫んで土方の腕にしがみついた。
地下牢に数人分の足音が聞こえ、ロゼは俯いていた顔を上げると、丁度土方と千尋、そして見知らぬ女が入ってくるところだった。
「あなた、この子が昨夜忍び込んで来た盗人さんなの?」
そう言って女がロゼの端正な美貌をちらりと見た。
「千尋の孤児院仲間だそうだ。」
「そう・・」
女は紫紺の瞳を煌めかせながらロゼが入れられている牢の前に立つと、おもむろに夜着の腰紐を解いた。
ぱさりと乾いた音を出しながら夜着が床に落ち、土方の手から鍵を奪い取り牢の中へと入った総美の裸身を、ロゼは驚愕の表情を浮かべながら見ていた。
初めて見る女の裸に、ロゼの股間が熱を持ち始めた。
「まぁ、可愛いこと。すぐに楽にしてさしあげるわ。」
総美はそう言ってロゼを抱き締めると、彼を押し倒した。
「やめろ・・」
「怖がらなくていいのよ。」
(奥様・・)
ロゼに覆い被さっている総美の白い背中を見ながら、千尋はもうこれ以上ここには居たくなかった。
隣に立っている土方を見ると、彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
「総美、坊やをからかうんじゃねぇ。さっさと戻ってこい。」
「まぁあなた、妬いてくださったのね。」
総美はロゼに背を向け牢から出ると、脱ぎ捨てられた夜着を纏って一階へと向かった。
『狂った女だ。』
ロゼがスペイン語で毒づくと、土方がキッと彼を睨みつけた。
総美が段々壊れていってます。
千尋に土方さんを奪われるのでは、という恐れからか癇癪を起してしまうあたりが、夫に執着していますね。
次回から転機が訪れます。
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