千尋はゆっくりと起き上がると、痛む身体を引き摺り邸の中へと戻っていった。
「遅かったわねぇ、千尋さん。」
背後から声を掛けられ振り向くと、そこには懐剣を握り締めた総美が立っていた。
「奥様・・」
「あなたも、わたくしを裏切ったのね、千尋さん。」
紫紺の瞳を狂気で光らせながら、総美はゆっくりと千尋に近づいて来た。
「あなただけは違うと思ったのに・・」
彼女は懐剣を抜くと、その刃を千尋に向かって振り翳した。
「あなたには、死んで貰わなくてはならないわね。わたくしを裏切ったのだから!」
千尋が総美に背を向けて逃げた時、右腕に痛みが走った。
「待ちなさい!」
般若のような形相を浮かべながら、総美は懐剣を振り翳して千尋を追ってきた。
千尋は二階へと駆けあがると、屋根裏部屋へと逃げ込み、中から鍵を掛けた。
「開けなさい、千尋さん!」
「お許しください、奥様!どうかお命だけは!」
「駄目よ! お前はわたくしを裏切ったわ!その罪をお前の命で贖いなさい!」
総美はドアノブを回したが、千尋はそれを掴んで離そうとしなかったためなかなか開かなかった。
「奥様、どうなさいました?」
「斎藤、斧を持って来て!裏切り者を殺してやるわ!」
斎藤が二階へと駆けつけると、そこには眼を血走らせた総美が屋根裏部屋のドアを蹴破ろうとしていた。
「落ち着いてください!一体何があったのです!?」
「あの金髪の雌狐がわたくしを裏切ったのよ!わたくしを裏切らないと思ったのに、土方と関係を結んでいたのよぉ!」
総美がそう叫んだ時、不意に胃のむかつきを憶えたかと思うと、彼女はその場に蹲って嘔吐した。
「奥様、大丈夫ですか!? 誰か早く医者を呼べ!」
「はい!」
総美を抱き抱えると、斎藤は彼女を寝室へと運んだ。
「なに、総美が倒れた!?」
ロゼを拷問しようと地下牢へと向かっていた土方は、斎藤から総美が倒れたことを知り、彼女の寝室へと向かった。
そこには汚れた着物から夜着に着替えさせられ、寝台に眠っている妻が居た。
「倒れたってどういうことだ?」
「実は・・」
斎藤が事の経緯を土方に話そうとしたとき、玄関のチャイムが鳴った。
「お医者様がいらっしゃったようです。」
「ああ。」
土方は寝台に眠る総美の手を握ると、椅子に腰を下ろした。
「あなた・・わたくしを裏切ったわね?」
総美はそう言うなり、土方の手に爪を立てた。
「あの子を抱いたのでしょう? あの柔肌と固い蕾を味わったのでしょう?」
「総美、あれは違・・」
「あなたはわたくしを裏切ったのよ! 酷い方ね、わたくしがあなたを愛していらっしゃるのを知っているのに、あなたは他の女と浮気ばかりして! 何処までわたくしを虚仮にすれば気が済むの!」
美しい顔を怒りで歪ませながら、総美は涙を流した。
「総・・」
「歳三さん、わたくしを捨てないで。お願い・・」
幼い頃から、自分に恋焦がれていた総美。
彼女を深く傷つけてしまった罪は重い。
「愛しているあなたから何度も裏切られるのは辛いの。」
「済まない・・」
土方はそう言って妻を抱き締めた。
「取り込み中済まないんだけど、もう診察を始めてもいいかな?」
背後から突然声がしたので2人が振り向くと、そこには困った顔をしてドアの近くに立っている大鳥の姿があった。
「あなた、少し待っていて頂戴。」
「ああ。」
土方が妻の寝室から出て行くと、美佐子に肩を抱かれた千尋が屋根裏部屋から出てきた。
総美を深く傷つけ、彼女を狂気に駆り立ててしまったのは自分だという罪の意識にとらわれる土方さん。
千尋にしたことは許されるべきことではありませんが。
にほんブログ村