「で、その腕時計の5人の持ち主はもう解ってんのか?」
「ええ。」
国昭はそう言うと、土方に腕時計の所有者名簿を見せた。
(どっかで見たことがある名前だな。)
名簿を見ながら、土方はあることに気がついた。
「国昭さん、少し待っていてくれるか。お前ぇさんに見せたいもんがあるんだ。」
土方はそう言うと、居間から出て行き、書斎へと孤児院の名簿を取りに行った。
その間、千尋は彼と2人きりになった。
「君、名前は?」
「千尋と申します。あの・・国昭様は、旦那様とどのようなご関係なのですか?」
「そうだねぇ・・彼とは10年来の付き合いだから、友人みたいなものかな。」
国昭は千尋に微笑むと、紅茶を一口飲んだ。
「それにしても君は、どうしてここに来たの?」
「数ヶ月前女郎屋へ売られそうになった時に、旦那様が助けてくださいました。」
「そう。ねぇ千尋君、その前は何処に居たの?」
「孤児院です。火事で焼け出された後は路上生活をしておりました。それが何か?」
「孤児院で育ったのか。ねぇ千尋君、もし君のお母さんが生きていると知っていたら、会いたい?」
「わたしの母を、ご存知なのですか?」
千尋が思わず国昭の顔を見た時、土方が居間に戻ってきた。
「国昭さん、お前ぇさんが持ってる名簿に書かれている腕時計の購入者なんだが、孤児院の名簿に書かれている人物と一致してるんだ。」
土方はそう言って国昭に孤児院の名簿を見せると、彼の隣に立っていた千尋の顔が蒼褪めた。
「旦那様、どうして孤児院の名簿をお持ちに?」
「孤児院放火事件を追ってるんだ。ロゼは確か、火をつけた奴を知ってると言ってたよな?」
「ええ。でもわたくしには教えて下さいませんでした。」
「そうか。実はな千尋、ある殺人事件と孤児院に放火した奴が繋がってるかもしれねぇんだ。」
土方は10年前の事件を千尋に、その事件の証拠品である腕時計の購入者と孤児院の名簿に載っている人物と一致していることを話した。
「そうなのですか・・あの、腕時計を購入された方はどなたなのですか?」
「こいつだ。」
土方はそう言うと、ある男の名を指した。
「この方は・・」
千尋の脳裡に、放火事件前夜の記憶が甦った。
『これは一体どういうことなんだ!?』
夜中にトイレに行こうとして廊下を歩いていたら、院長室から怒鳴り声が聞こえ、千尋は半開きになったドアから中を覗くと、温厚な院長が誰かと言い争っていた。
『この孤児院を売るだと!? 馬鹿を言うな!』
『しかし院長、このままではここは潰れてしまいますよ。子ども達を路頭に迷わせてもいいのですか?』
院長と言い争っていた相手の顔は見えなかったが、彼の右手首に醜い火傷の痕があったことは憶えていた。
「どうした、千尋?」
「あの旦那様・・実は、事件前夜に院長先生が誰かと言い争っていたことを思い出したんです。」
「そうか。後で詳しく聞かせて貰おうか。」
その後土方達は居間を出て、ダイニングで夕食を取った。
「奥様はどちらに?」
「あいつなら入院してる。妊娠中で体調を崩してな。」
「そうですか。元気なお子さんが生まれるといいですね。」
国昭はそう言って顔を綻ばせると、ステーキを器用にナイフで一口大に切った。
「ああ。男でも女でも、元気に生まれりゃぁそれでいい。」
土方はそれから国昭と世間話をしたが、事件の事には一切触れなかった。
「千尋、書斎に来い。」
国昭が用意された客室へと向かった後、土方はそう言って千尋を書斎に呼び出した。
「さっきの話、聞かせて貰おうか?」
土方は書斎のドアを閉め、千尋を見た。
「はい・・」
10年前の殺人事件と、孤児院放火事件の犯人は同一人物なのか。
徐々に謎が明らかになってゆきます。
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