「あの、何かご用でしょうか?」
男―和菓子屋『ひしだ』の若旦那・仁は、店に入って来た異国の少年を見た。
だが彼はじっと自分を睨みつけているだけで、何も言わなかった。
仁がちらりと彼の背後を見ると、金髪の少女が立っていた。
彼女は昨日、洋装姿の男と連れ立って店の中に入ってきた子だ。
彼女が誰なのか、仁は知っていた。
「あの・・すいません、今お時間ありますか?」
「え、ええ・・」
仁は戸惑いながらも、少女達とともに店から出て行った。
彼らに連れて行かれたのは、人気のない河川敷だった。
「あの、わたしに何か聞きたいことがおありで?」
「ええ。あなたは、わたくし達をご存知ですよね?」
少女の問いに、仁は静かに頷いた。
「質問に答えてください。あなたは数ヶ月前、孤児院を放火した犯人ですか?」
「そ、それは?」
『とぼけたって無駄だぞ! 俺はあんたが孤児院に火を付けるのをこの目で見たんだからな!』
少女の隣に立っていた少年が突然そう叫ぶと、仁の右頬に熱が走った。
気がついた時には、彼は地面に転がっていた。
「もう一度聞きます、孤児院に火をつけたのはあなたですね?」
少女が自分の上に馬乗りとなり、真顔で同じ質問をした。
「ああ、あの放火は俺がやった。これで満足か!?」
仁が叫んだ時、少年が彼の脇腹を蹴りあげた。
『お前を絶対許さない。』
『やめてロゼ! ここでこの人を殺しても意味がないわ!』
『何言ってる、チヒロ! こいつは孤児院ごと俺達の仲間を・・家族を焼き殺したんだぞ!』
少年が興奮して外国語で少女と何か話しながら、間髪入れずに仁の脇腹に蹴りを入れた。
「おい、そこで何をしている!?」
河川敷の向こうで制服姿の警官が自分達に気づき、駆け寄ってきた。
警官の姿を見た少女達は、脱兎の如く仁の前から逃げていった。
「う・・」
「大丈夫ですか?」
仁が目を開けると、そこには紺羅紗の制服に黒い外套を着込んだ警官が心配そうに自分を見ていた。
「いえ、大丈夫です。」
「ですが・・」
「大丈夫ですから。」
仁はゆっくりと起き上がり、着物の裾に付いていた泥を払うと、自宅へと歩いていった。
少年に蹴られた脇腹が痛く、思わず顔を顰めた。
「あんた、どうしたのさ!?」
こっそり裏口から部屋に入ろうとしたが失敗し、赤く腫れた頬を妻に見られてしまい、仁は内心舌打ちした。
「派手に転んだのさ。」
「あんた、また誰かにやられたの?」
妻は今にも泣きそうな顔をして自分を見た。
彼女と所帯を持って、まだ1年しかない。
和菓子屋の若旦那として妻の父親の下で修業を積み、今では和菓子職人として世間に認められつつある。
だから絶対に、過去の事を知られてはならないのだ。
(あの事は絶対に知られてはいけないんだ・・今の生活を守る為には。)
妻に頬の傷を冷やして貰いながら、仁は数ヶ月前の事を思い出していた。
あの日彼は、ある孤児院の院長と話をしていた。
経営状態が芳しくない孤児院を売却してみてはどうかと仁が提案した時、それまで温厚に話をしていた院長が突然豹変した。
“この孤児院はわたしの命だ! ここを売る事などできん!”
仁は何とか院長を説得したが、彼は頑として仁の要求を受け入れようとはしなかった。
“出て行け、ここから出て行け”
激昂した院長はそう仁に怒鳴ると、彼を院長室から追い出した。
“金に集る禿鷹に、わたしの命をくれてやるものか!”
犯人視点で書いてみました。
う~ん、難しい・・。
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