(うわ、総司に今の話聞かれてたよ!)
(やべぇ、あいつ凄ぇ怒ってるぜ? どうしよう、左之さん?)
(んなこと俺に言われても・・)
平助、左之助、新八達3人は、般若のような形相を浮かべた総司を前に、ひそひそとこの状況をどう乗り切ろうかと話し合っていた。
「ねぇ平助、そんなに怯えなくてもいいからさぁ、本当の事言ってよ、ね?」
総司がゆらりと3人の前に立ち、彼らの顔を覗きこんでそう言うと、彼らは悲鳴を上げた。
「い、いやぁ~、昨夜島原で土方さん見た時は、かなり寝ぼけてたような気がしたし。」
「そうそう! 多分千尋をお前と間違えたん・・じゃ・・」
「ふぅん、そうなんですか。」
総司は笑顔を平助達に向けたが、その目は全く笑っていなかった。
「総司、何処行くんだ?」
「稽古に行ってきます。平助達も、遅れないでね。」
ピシャリと襖を閉めた総司の影が見えなくなると、平助達はほっと胸をなでおろした。
「おっかなかったなぁ、総司・・」
「あれは本当に怒ってるな。」
「土方さん、可哀想に・・」
左之助はそう言うと、合掌した。
一方、歳三と千尋は朝の洛中を歩いていた。
人通りがまだ少ないとはいえ、人並み外れた美貌を持つ彼らの姿は目立ち、道行く町娘達がちらほらと2人を見ながら黄色い声を上げて通り過ぎていった。
「千尋、朝飯食ってないだろう?」
「ええ。でも屯所までもうすぐですし。」
「そうか? じゃぁ、あそこの飯屋に入ろうぜ。」
歳三は一方的にそう言うと、さっさと飯屋の暖簾をくぐった。
「副長、何をしてるんですか?」
「何って、飯食おうとしてんだよ。俺の奢りだから、お前ぇも食え。」
(わたしは要らないって言ったんですが・・聞こえてなかったんですか?)
「あの、本当にここで・・」
「食うに決まってんだろ。焼鮭定食ふたつ。」
結局千尋は、土方との間に漂う微妙な空気のまま彼と朝食を取った。
「土方さん、お帰りなさい。」
2人が屯所へと戻ると、総司がそう言って笑顔で彼らを出迎えた。
「只今戻りました、沖田先生。」
千尋が総司に頭を下げると、彼は千尋を無視して歳三の方へと歩き始めた。
「昨夜は遅くにどちらへいらしていたんです?」
「ああ・・ちょっと島原にな。」
「へぇぇ~、やっぱり、平助達が言っていたのは本当だったんですねぇ。後で詳しくお話し聞かせてくださいね、土方さん。」
総司はにっこりと歳三に微笑むと、屯所の中へと入って行った。
「おはようございます、藤堂先生、斎藤先生。」
「おはよう、千尋。」
「昨夜はどうだった?」
厨房へと千尋が入ると、平助と左之助がそう言って彼を見た。
「どうって言われても・・副長は寝ぼけていただけなので。それよりも沖田先生の機嫌が悪いんです。」
「まぁ、正妻が旦那を取られて怒り心頭って感じだよな、あれは。」
「ああ。旦那がモテるから、かなり大変だろうな。」
「わたしの事、呼びました?」
平助達が振り向くと、そこには襷を掛けた総司が立っていた。
「そ、総司、どうしてここに・・」
「どうしてって、今日はわたしも食事当番ですよ、忘れたんですか?」
「・・ああ、そうだったな。」
「千尋君、ちょっと失礼しますねぇ。」
千尋が味噌汁を作っている時、総司がさっと隣に行って魚を捌き始めた。
「ちゃんと、本当の事話してくださいね?」
「は、はい・・」
初めて見る総司の恐ろしい顔に、千尋は彼の言葉に頷くことしかできなかった。
「お願いしますね。」
総司は笑顔を浮かべると、いつもの温和な顔へと戻った。
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