1867(慶応3)年11月18日。
伊東の策を知った近藤勇と土方歳三は、近藤の妾宅で宴を開き、酒で上機嫌になった伊東は妾宅を出て油小路へと入って行った。
「準備はいいか、大石?」
「はい。」
新選組十番隊組長・原田左之助はそう言って部下である大石鍬次郎を見た。
「新八、平助の事は・・」
「任せろよ。」
今や袂を分かち、別の道を歩み始めている友であるが、左之助達にとって平助は試衛館時代からの親友だった。
「組長、伊東が来ます。」
「そうか・・」
左之助は愛用の槍を握り締めると、目蓋を閉じた。
(平助・・お前を絶対に死なせやしねぇ!)
「行くぞ!」
そう部下達に命じた左之助の目に、迷いはなかった。
伊東は提灯を持ちながら、木津屋橋近くを歩いていた。
だが角を曲がろうとした時、白銀の槍先によって彼は喉と肩を貫かれた。
声が出ぬままに伊東が周囲を見渡すと、そこには新選組隊士達が居た。
(おのれ・・ここで死ぬわけには!)
刀を抜き隊士1人を斬り捨てた伊東は、瀕死の重傷を負いながらも追手から逃げた。
「逃がすな、追え!」
「この・・賊族輩が!」
それが、伊東の最期の言葉であった。
「遺体を油小路に運べ。あいつらを誘き出すぞ。」
「はい!」
伊東の遺体は油小路の辻に放置され、月真院に遣られた使者により、平助達をはじめとする御陵衛士達は伊東の死を知った。
「そんな、伊東先生が!」
「おのれ新選組、許さぬ!」
7名の御陵衛士達はそれが罠だとも知らず、伊東の遺体を引き取りに油小路へと向かった。
「伊東先生・・」
「何とおいたわしいお姿に・・」
毛内達はそう言って用意した駕籠に伊東の遺体を乗せようとした時、待ち伏せていた左之助達が角から現れ、あっという間に包囲されてしまった。
「おのれ新選組!」
「伊東先生の仇!」
怒号と剣戟の音が響き渡る中、平助は新八と斬り結んでいた。
「平助、逃げろ!」
「どういうことだよ、新ぱっつぁん!」
「訳は後から言う、だから今は逃げろ!」
「何言って・・」
状況が解らぬまま平助が新八と睨み合っていると、毛内が隊士の刃を受けて倒れた。
彼の身体から噴き出る血飛沫が、夜の闇を緋に染めた。
平助は呆然と、同志が倒れるのをただ見ているしかなかった。
「平助、今の内に・・」
(俺は、逃げたくない。)
新八の囁きは、平助の耳には届かなかった。
彼は唸り声を上げながら、敵陣の中へと突っ込んでいった。
「平助ぇぇ!」
左之助の悲痛な叫びが、夜の静寂を切り裂いた。
平助は懸命に刀を振るい、敵を倒していた。
敵は、かつて同じ釜の飯を食った親友たちや、部下達だった。
だが今は違った。
「平助、何してやがる! 逃げろっつってんだろ!」
「新ぱっつぁん・・」
「俺達はお前をここで犬死にさせる訳にはいかねぇんだよ!」
いつもひょうきんで冗談ばかり言う親友の目には、涙が光っていた。
「新ぱっつぁん、俺は・・」
平助が次の言葉を継ごうとした時、敵の刃が彼の胸を刺し貫いた。
「平・・助・・?」
歳三は胸騒ぎがして、浅い眠りから覚めた。
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