その後新選組は甲州勝沼での戦いに敗れ、宇都宮へと向かう途中の千葉・流山で近藤と歳三、千尋は終わりなき逃亡生活を続けていた。
「局長、お茶をお持ちいたしました。」
「ありがとう、千尋君。最近トシはどうしてる?」
「仕事に追われて、最近眠っていらっしゃらないようです。」
「そうか・・」
近藤がそう言って目を伏せた時、歳三と島田が蔵の中へと入って来た。
「近藤さん、今すぐ逃げろ! 新政府軍にここを嗅ぎつけられた。」
千尋が窓から外を見ると、そこには数百人の新政府軍が建物を包囲していた。
「畜生・・」
「トシ、俺が敵の本陣に行くから、お前達は先に逃げろ。」
「近藤さん・・それは本気なのか?」
歳三が近藤を見ると、彼は慈愛に満ちた目で長年自分を支えてきた親友を見つめた。
「俺がもし居なくなった時には・・新選組を頼む。」
「・・解った・・」
10代の頃から、近藤と歳三は大きな夢を抱き、それを叶える為に共に歩んできた。
だがもう、それは出来ない。
「副長、今なら大丈夫です。」
「解った。」
歳三はそう言うと、親友を見た。
「俺が絶対、助けてやるからな。」
「待ってるよ、トシ。」
近藤と別れた歳三達は、敵の包囲網を抜けて宇都宮へと入った。
「副長、お茶です。」
「済まねぇな。」
黒羅紗の軍服を纏い、長い黒髪を肩先まで切った歳三は、鬱陶しそうに前髪を掻き上げながら、千尋が淹れてくれた茶を受け取った。
「髪、切っちまったんだな・・」
濃紺の軍服に身を包んだ千尋の髪は、歳三の髪と同じくらいの長さになっていた。
「戦場では長い髪は不要でしょう? 何を今更残念がっているのですか?」
くすくすと笑いながら、千尋はそう言って歳三にしなだれかかった。
「それもそうだったな。宇都宮では必ず勝ってみせる。そして必ず勝っちゃんを助けてみせる。」
歳三はそう言うと、ぐっと拳を固めた。
碌に寝ていないのか、彼の目の下には黒い隈が出来ていた。
「余り無理はなさらないでください。戦場で倒れでもしたら・・」
「俺はそんなにヤワじゃねぇよ。」
久しぶりに流れる穏やかな時間を歳三と千尋が満喫していると、不意に陣の中に洋装姿の青年が入って来た。
「君が土方歳三君かい?」
茶目っ気のある緑の瞳を輝かせながら、彼はそう言って手袋を脱ぎ、右手を差し出した。
「歩兵奉行の大鳥圭介だ、宜しく。」
大鳥は自分の握手に応じない歳三に少し動揺したが、彼の隣に立っている少年へと視線を移した。
「君は?」
「新選組隊士・千尋と申します。以後お見知りおきを。」
千尋はそう言うと、大鳥と握手した。
宇都宮の戦いで歳三は宇都宮城を陥落させたが、会津へと逃げる途中で右足を負傷した。
「畜生・・こんな時に・・」
「副長、今暫く辛抱してください。」
満身創痍の歳三を馬に乗せ、千尋は会津へと向かった。
近藤が板橋で斬首に処されたという知らせを受けた歳三は、怪我のこともあってか急に塞ぎ込むようになった。
そんな彼の姿を見ながらも、千尋は何もできない自分に苛立ちを募らせるようになっていった。
「久しぶりだな、ルクレツィア。」
千尋が苛立ちを紛らわす為に池で水浴びしていると、あの黒服の男と再会した。
「あなたは一体、何者なのですか?」
「お前はいつまであの男と居るつもりなのだ、ルクレツィア? あの男の死は着実に近づいている。それに・・彼の恋人の寿命が尽きるのももうすぐだ。」
男の言葉に、千尋は目を丸くした。
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