「挨拶だぁ!? 突然男相手に抱きつくのが挨拶だと!」
歳三は怒りに顔を歪ませながらそう青年に怒鳴ると、彼は泣き出した。
「だからって殴ることないじゃいないですかぁ~」
翠の瞳を潤ませながら、青年はそう言って歳三を見た。
「お前、俺に何か用か? 俺を見てわざわざ抱きつくってことは、何か用があるんだろ?」
「ええ、実は・・」
青年はそう言うと、歳三の耳元で何かを囁いた。
一方ルドルフは、執務室で仕事をしていた。
「よぉ、邪魔するぜ。」
執務室に入って来たのは、ルドルフの悪友・ヨハン=サルヴァトールだった。
「どうした、大公。何か面白い話でもあるのか?」
「別に。まぁ大した話じゃないんだが、最近ウィーンの金持ち連中が人身売買の闇オークションを行ってるんだとよ。」
「ほう、それは面白いな。詳しく聞かせてくれ。」
ルドルフの蒼い瞳が、きらりと光った。
その夜、彼とヨハンは闇オークション会場であるとある貴族の邸で開かれているパーティーに出ていた。
「ほう、仮面を被っているから素性がばれないか・・考えたものだな。」
「ま、みんな闇オークション目当てなんだろうさ。」
ヨハンがそう呟いた時、視線の隅で長い黒髪が靡くのが映った。
ちらりとそちらの方を見ると、そこには黒髪と金髪の令嬢がバルコニーへと向かっていくところだった。
「どうした、大公?」
「いや、なんでもねぇよ。」
(まさか、な・・)
「なぁんで俺がこんな格好しなきゃなんねぇんだよ!」
バルコニーへと向かった黒髪の女―歳三はそう叫ぶなり、千尋を睨んだ。
事の始まりは数時間前、王宮庭園で抱きついて来た青年貴族・アウグストから“女装して仮面舞踏会に出て欲しい”と言われたのだった。
「なんで俺が、わざわざコルセットなんざ付けて女装しないといけねぇんだよ!」
「落ち着いて下さい、副長。これも仕事だと思えば・・」
「畜生、あの野郎覚えてやがれ・・帰ったらボッコボコにしてやる。」
歳三はそう言うと、拳を固めた。
その時、楽団がワルツを奏で始めた。
「ったく、どいつが闇オークションの主催者かわかりゃしねぇじゃなねぇか。こんなんで捕まえられんのかよ・・」
千尋と別れ、歳三はぶつくさ言いながらシャンパンを一気飲みした。
(あ~畜生、足が痛くて仕方ねぇなぁ。)
慣れないヒールを履いて足が痛くなった歳三が足をドレスの上から擦っていると、突然大広間から悲鳴が上がった。
「ディミトリ様よ!」
「今夜のパーティーに来るとお聞きになられたけど・・本当に来られたわ!」
(きゃぁきゃぁ煩せぇなぁ。ったく、どんな奴だよ・・)
一刻も早くここから出て行きたいのを堪え、歳三がちらりと大広間の入口を見ると、そこには金髪の短い髪を揺らし、紅い瞳を煌めかせた白いタキシードの青年が立っていた。
(さてと、帰るとするか・・収穫もなさそうだしな。)
歳三が青年に背を向けた時、彼の腕は何者かに掴まれた。
「うわ!」
転びそうになるのを必死に堪えた歳三の前には、件の青年が立っていた。
「フロイライン、わたくしと踊っていただけませんか?」
「え・・ちょっと待て、こら!」
有無を言わさず青年に手を掴まれたまま、歳三は踊りの輪へと入っていってしまった。
(副長、何してらっしゃるんですか?)
別の男と踊っていた千尋は、思わぬ事態に咳き込みそうになった。
「おい、てめぇ何者だ?」
「今宵は仮面舞踏会・・わたしの事は忘れて下さい、愛しい方。」
(なんだこいつ・・本気で言ってんのか?)
仮面越しに紅い瞳で見つめられ、歳三が目を伏せると、彼はくすりと笑った。
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