翌朝、歳三と千尋が寝室で朝食を食べていると、外から誰かがドアをノックする音が聞こえた。
「どなた?」
「失礼致します、陛下からの使いで参りました。」
部屋に入って来たメイドは、そう言うと何かを盆から出そうとしていた。
「陛下から?」
千尋が訝しげな表情を浮かべながらメイドを見ると、彼女はさっと彼女の腰を掴み、ナイフを千尋の喉元に突き付けた。
「千尋!」
「動くんじゃないよ、動けばあんたの奥さんをこいつでグサリとやるからね。」
メイドは刀へと手を伸ばそうとする歳三を制すると、口端を歪めて笑った。
「お前ぇ、一体何が目的だ?」
「事件の捜査に首を突っ込むのはおやめ。そうしないとあんた達の身に災いが降りかかるよ。」
「歳様・・」
千尋はそう言って歳三に手を伸ばそうとしたが、その前にメイドに半ば引き摺られるようにして部屋から出て行った。
「一体何事だ!」
ルドルフとルートヴィヒが千尋の悲鳴を聞きつけて廊下を見ると、そこにはメイドを人質に取られた彼女の姿があった。
「陛下、この女はわたくし達が預かりました。」
「君の要求はなんだ?」
「それはお隣におられるオーストリアの皇太子様に言いますわ。サラエボからただちにオーストリア軍を撤退させてくだされば、この女は解放いたします。」
「オペラ座の事件から、まさかとは思ったが・・一連の殺人事件は単なるカモフラージュで、本当の狙いはオーストリアのサラエボ、ならびにバルカン統治から手を引かせる為か。」
「ええ。」
メイドはそう言うと笑った。
「あなた方オーストリアやロシアの気まぐれに付き合わされるのはもううんざりです。良いお返事が聞けるまで、彼女はわたくし達が預かっておきます。」
ルドルフは拳銃の銃口をメイドに向けたが、千尋を盾に取られている為に引き金を引けなかった。
「皇太子様、わたくしなら大丈夫です。歳様に・・旦那様に伝えてください、わたくしはあなたを信じているからって!」
千尋がそう言った瞬間、メイドは液体が沁み込んだハンカチを千尋の口に押し当てた。
「ではさようなら。」
メイドは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、城の裏口に待たせてあった馬車に乗り込んだ。
「いいかい、おかしな真似をするんじゃないよ。」
「わたくしを脅しても無駄です。あの人は必ずわたくしを助けてくれます。」
「ふん、その強気がいつまで続くのかみものだね。」
千尋が拉致され、歳三はルドルフやルートヴィヒが止めるのも聞かず、彼らのアジトへと向かおうとした。
「トシゾー、単独であいつらの元に乗り込むなんて無茶だ! 冷静になってくれ!」
「煩せぇ、冷静になっていられるか!」
「チヒロは・・彼女は、君を信じているからと言った! 今君が感情的になって動いたら彼女は無事じゃ済まないぞ!」
「千尋・・」
歳三の脳裡に、千尋の笑顔が浮かんだ。
あの笑顔が、もう一度見たい。
その為には、必ず彼女を救い出す―歳三はそう思うと、ぐっと拳を握った。
「降りな。」
メイドにナイフを突き付けられ、千尋は彼女とともに馬車から降りた。
彼女と壮麗な館の中に入った千尋は、そこで思いもかけぬ人物と再会した。
「お久しぶりです、チヒロ様。」
「あなたは・・どうしてここに?」
「わたくしと彼女は、同志なのですよ。」
アンネリーゼはそう言うと、ドレスの袖を捲った。
そこには双頭のドラゴンが火を噴いている刺青が彫られていた。
「上へ連れて行きなさい。彼女とは色々と話がしたいから。」
「解ったわ。」
メイドと階段を上がろうとした千尋は、隙を突いて彼女に頭突きを喰らわせた。
彼女は目を見開き、千尋の袖を掴もうとしたが、届かなかった。
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