「あの、すいません。」
歳三が夫婦を一喝して病室から出た後、紺サージのセーラ服を着た少女に声を掛けられた。
「どうした?」
「先ほどは父と母が皆さんにご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ありませんでした。」
少女はそう言うと、歳三に頭を下げた。
「別にいいんだよ、俺も大声出しちまったし・・それよりも何であんなに怒鳴り合ってたんだ?」
「詳しい話は、外で話しませんか?」
少女に連れられ、歳三は病院近くのマクドナルドへと入った。
「で? お前の親父さんとおふくろさんは一体何であんな風に怒鳴り合ってたんだ?」
歳三の問いに、少女は俯いて暫く黙っていたが、カフェオレを一口飲んだ後、ポツリポツリと両親の喧嘩の原因を話し始めた。
少女―華菜が高校受験を控える3年へと進学する際、父親が浮気している事が判り、その所為で母親は鬱状態となり自殺を図ったが、一命を取り留めた。
父親は母親を捨て、自分を連れて浮気相手の女と再婚しようとしている。
華菜は両親の親戚に助けを求めたが、父方の祖母―母親から見れば姑が、父の再婚に賛成し、父親の元について行くようにと、華菜に促したという。
どうすればいいのか解らず、母の見舞いに行くと、両親が怒鳴り合っている場面を目撃し、逃げてしまったという。
「そりゃぁ、辛ぇな。お前ぇさんの親父さんは人として許せねぇことをしたってのに、他の女と再婚しようとしてやがる。酷ぇ話だ。」
「酷い話ですよ、本当に。わたしは母についてゆきます。」
「そうか。じゃぁそれを親父さんと話し合ってみな。これから大変だろうが、親父さんへの恨みを引き摺ったままじゃ前には進めねぇよ。」
「ありがとうございました。」
華菜はそう言って笑顔を浮かべると、マクドナルドから出て行った。
(俺が出来るのはあの子にアドバイスするだけ。自分の力で道を作らねえとな。)
歳三がコーヒーを飲みながら溜息を吐いていると、親子連れと思しき数人の女性と、幼児が店に入って来た。
ぎゃぁぎゃぁ騒ぐ我が子に気づきもせず、母親達は自分達のおしゃべりに夢中で、その様子に他の客が不快感を示していた。
彼女達はちらちらと自分達が非難の視線を浴びていることに気づきつつも、子どもを注意しようとしない。
歳三がトレイを持ってゴミ箱へと向かおうとした時、騒いでいた子どもの1人が彼にぶつかり、派手に転んで泣いた。
「ちょっと、うちの子に何するの?」
子どもの母親と思しき女性がそう言って席から立ち上がり、歳三を睨みつけた。
どうやら彼女は、歳三が我が子を突き飛ばしたと誤解しているらしい。
「何にもしてねぇよ。お宅のガキが勝手にすっ転んで泣いただけだ。あぁ、てめぇら子どもの事全く見てなかったから、知らねぇよなぁ。」
歳三の言葉を受け、女性の顔が怒りで攣った。
「さっきからお宅のガキどもがぎゃぁぎゃぁ騒いで走り回ってんのに、叱ることもしねぇで世間話か。躾もしてねぇガキを公共の場に連れて来んじゃねぇよ。」
「なによ、あんた煩いわね!子連れで外出する苦労も知らないで!」
「ああ、知らねえよ。でもな、他人に迷惑掛けちゃいけねぇってことぐらいてめぇのガキに徹底的に叩き込んでから外に出やがれ!」
歳三の言葉に、周囲の客達が無言で同意している空気を感じ取ったのか、女性達は子ども達の手を引っ張って店から出て行った。
「あんた、格好良かったよ。」
皺が目立つジャンパーを着た60歳代の男が、そう言って歳三の肩をポンと叩いた。
「別に俺は何もしてねぇよ。」
「最近は他人の子を叱ると親が切れるからね。そういう奴らは大体他人から注意されるまで自分の馬鹿さ加減に気づかないんだよ。悲しいもんだね。」
「ああ。」
歳三が帰宅すると、店の前に数人の主婦が開店を待っていた。
「どうもお待たせしました。」
彼が店の鍵を開けると、彼女達は一斉に店内へと入った。
彼女達の様子がおかしいと歳三が気づいたのは、数分後の事だった。
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