「ほら、これが赤ちゃんの頭ですよ。」
「良くわからねぇなぁ。」
千尋の健診についてきた歳三は、そう言うと超音波画像のスクリーンに映る胎児の画像を見ながら首を傾げた。
「まだ小さいですからね。安定期を過ぎれば性別もはっきりすると思いますよ。」
「そうか、楽しみだなぁ。」
歳三と千尋が健診を終えて診察室から出て行くと、一台のストレッチャーが猛スピードで廊下を駆け抜けていった。
(何だ?)
歳三がちらりとストレッチャーを見ると、そこには昨夜店に来た女性が乗せられていた。
「あれ、昨夜の・・」
「一体何があったんだ?」
歳三達は少し女性の事が気になりながらも、病院を後にした。
その数時間前、総司に似た女性―木元美幸は夫からまた暴力を受けていた。
「やめて、もうやめてよぉ!」
「うるさい、お前が俺を怒らせるから悪いんだ、この役立たず!」
怒り狂った夫は美幸の髪を掴むと手加減なしに彼女の頬を拳で殴り、壁に彼女の頭を打ち付けた。
「やめて、お腹はやめて!」
「煩い!」
夫は美幸の腹を執拗に蹴った。
彼女は両手でお腹を守ろうとしたが、無駄だった。
やがて下腹に激痛が走り、彼女は気を失った。
「誰か救急車を! 妻が階段から落ちたんだ!」
遠のく意識の中で、夫が慌てふためきながら携帯で救急車を呼んでいる声が聞こえた。
「う・・」
「気が付きましたか?」
美幸が目を覚ますと、彼女の顔は包帯に覆われ、病院着に着替えさせられていた。
「あの・・わたし・・」
「赤ちゃんは無事ですよ。」
「良かった・・」
お腹の子が無事だということに気づいた美幸は安堵の笑みを浮かべたが、また夫が暴力を振るうのではないかと怯えていた。
「本当にありがとうございます。」
病室の外で、夫が医師や看護師に頭を下げているのがドアの隙間から見えた。
いつも鬼のような形相を浮かべて自分を睨み付ける顔とは違い、彼らには笑顔を浮かべていた。
(どうしてあなたは、わたしに笑顔を見せてくれないの?)
自分の前では、夫はいつも怒って暴力を振るっていた。
他人の前は常に笑顔を浮かべているのに。
「美幸、大丈夫か?」
「え、ええ・・」
「これからはお前を大切にするよ。」
夫は偽りの笑みを浮かべながら、美幸を抱き締めた。
(また殴る癖に・・)
美幸の中から急激に夫への想いが醒めていった。
数ヵ月後、彼女は夫と共に退院した。
「あなた、あの・・」
「何もたもたしてんだよ、美幸! さっさと飯作れよ!」
「わ、解ったわよ・・」
美幸は恐怖に怯えながら、キッチンに立った。
「てめえ、まさか俺が改心したと思ってるんじゃねぇだろうなぁ?」
「そんな事、思ってない・・」
涙を浮かべながら、美幸は夕飯を作った。
早くここから逃げないと。
美幸はそっと下腹を擦った。
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