「じゃちーちゃん、またね!」
「亜美ちゃん、バイバイ!」
千歳はいつものように亜美と別れ、家の中へと入ろうとした時、突然誰かに肩を叩かれた。
「あなた、土方千歳さん?」
「はい、そうですが・・」
千歳が振り向くと、そこには訪問着姿の60代後半と思しき女性が立っていた。
「あの、どちら様ですか?」
「わたくしね、あなたのお父様とお母様にお話があるのよ。家に案内してくださらない?」
「は、はい・・」
いつも両親から“目上の者には失礼のないよう、礼儀正しく”と厳しく教え込まれている彼女は、女性と共に店へと向かった。
「ただいま。」
「お帰り、千歳、そちらの方は?」
歳三はそう言うと、女性を見た。
「初めまして、わたくしこういう者です。」
女性はハンドバッグの中から一枚の名刺を取り出し、歳三に渡した。
その名刺には、こう書かれてあった。
“鹿央流家元 鹿央幸絵(かおうゆきえ)”
名刺を渡された歳三は慌てて厨房に居る千尋を呼んだ。
「あなたは・・」
「お久しぶりでございます、土方さん。」
「二階で話しましょうか。千歳、少しの間店番頼めるか?」
「う、うん・・」
両親と女性が二階へと消えてゆくのを、千歳はじっと見ていた。
(あのおばさん、誰だろう?)
千歳は彼らの後を追って二階に行きたかったが、間が悪く客が来てしまった。
「いらっしゃいませ。」
両親と女性との関係が気になりながらも、千歳は店番をした。
「娘の―美幸の葬儀の折は、大変お世話になりました。」
女性―鹿央幸絵は、そう言って歳三達に頭を下げた。
「いいえ、お礼を言われる立場ではありませんから、どうか頭を上げてください。」
「娘はてっきり夫と幸せに暮らしていると、わたくしはそう思っておりましたが、まさか自殺するだなんて・・」
幸絵はそう言うと、目元をハンカチで抑えた。
「今日は、どのようなご用でこちらに?」
「実は、あの男が―娘を殺した男が友哉を引き取りたいと申し出て来たのです。」
“あの男”と口にした時の、幸絵の顔が憎悪に醜く歪んだ。
「あの男は美幸に暴力を振るった癖に軽い刑で済み、のうのうと他の女と再婚して暮らしているのです。美幸がどんなに辛い思いで赤子の友哉を残して逝ったのか、知りもせずに!」
「奥様、落ち着いてください。」
千尋は美幸の夫への憎しみと怒りで興奮する幸絵を宥めると、彼女は荒い息を吐いた。
「友哉はわたくしが引き取ります。あの男は友哉を捨てました。」
「そうですか。友哉君は現在、ここに住んでいます。」
歳三はそう言って、すめらぎ園の住所を書いたメモを手渡した。
「ありがとうございます、すぐに参ります。」
それから幸絵は何度も歳三達に礼を言うと、店の裏口から出て行った。
「あの人は?」
「もう帰ったよ。千歳、お前のクラスに友哉って子居るか?」
「うん、居るけど・・それがあの人と何か関係があるの、お父さん?」
「ああ。あの人は、友哉のお祖母様なんだ。鹿央流って聞いたことがあるか?」
「確か、お花の先生?」
千歳はそう言って歳三を見ると、彼は少し気難しそうな顔をしていた。
「お父さん、どうしたの?」
「何でもねぇよ。店番、ありがとうな。」
彼は千歳の頭を優しく撫でた。
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