「今日は本当にありがとうございました。」
「いつでも遊びに来いよ。」
歳三がそう言って助手席に座っている亜美を見ると、彼女は照れ臭さを隠す為に俯いた。
「ここでいいです。」
歳三が高台へと車を走らせ、門の前に車を停めると、そう言って亜美は彼を見た。
「そうか?」
「門の向こうは安全ですから。」
「じゃぁ、またな。」
亜美が車を降りようとした時、後ろから激しいクラクションが鳴らされた。
歳三が振り向くと、そこには派手な紫のスポーツカーに乗っている青年が苛立った様子で彼らを見ていた。
「早く行ってくんないかなぁ?」
「すいません、今出しますね。」
歳三は慌てて車を移動させると、青年は猛スピードでスポーツカーを走らせ、門の向こうへと消えていった。
仕方ないので、亜美は歳三とともに門をくぐった。
「あれがわたしの家です。」
亜美がそう言って指したのは、王宮かと見紛うかのような白亜の邸宅だった。
「じゃぁな。」
「ちーちゃんに宜しく。」
亜美は車から降りて歳三に背を向けて家の中に入ろうとしていた時、黒塗りのリムジンが歳三の車の行く手を塞いだ。
「あら、ごめんなさい。亜美、土方さんに送っていただいたの?」
リムジンから早苗が降りて来て、歳三を見た。
パーティーからの帰りなのか、今夜はシャネルのスーツではなく、マーメイドスタイルの蒼いドレスを着ていた。
「うん。」
「土方さん、ちょっと話せるかしら?」
「ええ・・」
本当はさっさと帰りたかったが、早苗に言われて亜美と共に歳三は邸の中へと入った。
「お帰りなさいませ、奥様、お嬢様。」
「コーヒーを2つお願いね。亜美、あなたはお部屋に行ってなさい。」
「はい、ママ。」
亜美はそう言うと、階段を上がって部屋へと向かった。
「それで、お話というのは?」
伊東家の居間に置かれてあるチンツ張りの深紅のソファーにぎこちなく腰を下ろしながら、歳三はそう言って早苗を見た。
「今度うちの主人が六本木でレストランを開くこととなってね。レストランの隣にベーカリーを併設することになったのよ。それでね、そのベーカリーをあなた方にお任せしようかと思って。」
早苗の夫・弘太郎がやり手の実業家で、レストラン経営にも長けていることは知っていた。
「本当に俺達なんかがいいんですかね? 俺ぁ自分の店の切り盛りで精一杯でねぇ、そんなご大層なものいきなり任せると言ってもねぇ。」
歳三がそう言って溜息を吐くと、早苗は笑った。
「言い方を間違えたわ。そのベーカリーは、あなた方のお店になるってお伝えしたかっただけなのよ。」
つまり、六本木に二号店を出してやると、彼女が言っていることに歳三は気づいた。
「条件はなんですか? 一等地に二号店を出してやる代わりに、俺達に何かして貰いたい事があるんでしょう?」
「そうきたわね。土方さんは策士なのねぇ。」
早苗はそう言って笑うと、コーヒーを一口飲んで次の言葉を継いだ。
「うちの望美に変な事を吹き込まないでくださる?」
「は?」
「あの子、この前わたしに、“こんなうちに生まれるよりも、ちーちゃん家の子になりたかった”って初めてわたしに刃向かったのよ。」
「それがどうして、俺達や千歳が吹き込んだと? 娘さんは何か不満を抱えていて、それを口にしただけでは?」
早苗は歳三の言葉に顔を怒りで赤く染めると、コーヒーを彼に向かって掛けた。
「ちーちゃんのお父さんに何してるのよ、ママ!」
「望美・・」
パタパタと足音が聞こえたかと思うと、望美が憤怒の形相を浮かべながら早苗を睨みつけていた。
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