山根達が家に押し入ってきたことは、子ども達には伝えなかった。
階下で大きな音を聞いただけでも怯えていたのに、見知らぬ男達が家に入って来たと言えば、彼らがますます怯えるだけだと歳三はそう判断したからだった。
「お父様、昨夜は何もなかったの?」
「ああ、何もなかったよ。」
朝食を食べながら、美樹はそう言って歳三を見た。
「ねぇ父さん、最近西方の方で士族達が反乱を起こしてるって聞いたけど、戦になるのかな?」
巽が新聞を読みながら、歳三を見た。
廃刀令が出され、武士の魂である「刀」を奪われた士族達の不満が募り、九州では私学校の生徒たちが反乱を各地で起こしていた。
「さぁな。戦になるだろうさ。」
「どうしてみんな仲良くなれないの?」
「そりゃぁ、一人一人自分が思っていることが違うから喧嘩になるんだよ。みんな思っていることや考えていることが違うのが普通だ。その中で仲良くすることは難しいし、喧嘩してもすぐに仲直りなんてできねぇんだよ。」
歳三は子ども達に解るようにそう言うと、巽は納得したようだった。
「じゃぁ、僕達をいじめてた奴らも、僕達と考え方が違うから、僕達をいじめてたのかな?」
「それは違うな。人をいじめる奴ってのは、何かしら劣等感を持ってるもんだ。」
「劣等感って?」
「自分には持ってないものを、他人が持ってて羨ましいってことだよ。巽はそんな奴になるんじゃねぇぞ。」
「うん、解った。」
子ども達を学校へと送った後、歳三が職場へと向かおうとした時、一台の馬車が彼の前に停まった。
「漸く会えたな、土方歳三。」
馬車から降りてきた男―平野重太郎はそう言うと、歳三をじろりと睨みつけた。
「誰かと思えば、明治政府のお偉いさんじゃねぇか? わざわざしがねぇ羅卒である俺に挨拶たぁ、ご苦労なこった。」
歳三が平野を睨み返すと、彼は不快そうに鼻を鳴らした。
「傲岸不遜な態度は昔から変わらぬな。」
「すいませんねぇ。それよりも平野様、わざわざ俺に何のご用で? もしやあんたの部下が人を殺したとでも聞きましたか?」
それとなく千尋の事を聞くと、平野の顔が歪んだ。
「どうやら図星のようですね。で、あんたの部下は今何処に?」
「それはお前には知らなくてもいい事だ。それよりもお前の部下である斎藤一、九州での反乱鎮圧に参加するそうだ。」
「そうか。でも俺には関係のねぇこった。まぁ、薩長の奴らが憎いのは変わらねぇがな。」
暫し、歳三と平野との間で重苦しい空気が流れた。
「旦那様、早くいたしませんとお仕事に差し支えますゆえ・・」
無言で睨み合う彼らの前に、一人の青年が現れた。
洋装姿に短髪姿の彼は、じっと歳三を見ると、主の方に向き直った。
「ふん、面白くない。行くぞ。」
「は、はい。」
青年は馬車へと乗り込む主の後を慌てて追い、馬車へと乗り込む前に歳三をちらりと見た。
(あいつ、何処かで見たような・・)
青年と目が合った時、歳三は必死に彼と何処で会ったのかを思い出そうとしたが、なかなか思い出せなかった。
年が明け、九州での反乱は収まるどころか激化してゆく一方で、戦になるだろうという歳三の予感は的中した。
1877(明治10)年1月30日。
過激思想を持った私学生達が、陸軍火薬庫を襲撃し、鹿児島市内は火の海と化した。
これが日本最後の内戦と呼ばれる、西南戦争が勃発した瞬間であった。
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