総司とその妻・アビーは結局歳三達と和解せぬまま、再び渡米した。
「お兄様、お手紙頂戴ね。勿論お父様達には内緒で。」
「ああ。急に来て、さっさと帰ってしまって済まないな。」
総司はそう言って椿を抱き締めた。
「時間が解決してくれると思うわ。お母様達だって頭に血が上がってあんな事おっしゃったけれど、距離を置いてみたら冷静になると思うのよ。」
椿はそう言って兄を励ましたが、あれ以来両親は総司の存在をまるで忘れたかのように彼の話をしようともしない。
「じゃぁね、身体にお気をつけて。」
「ああ。」
兄夫婦が船に乗り込むのを見送った椿が帰宅すると、千尋が何やら総司の部屋の前でメイド達にてきぱきと指示を出していた。
「お母様、何をなさってるの?」
「何をって、総司の物を処分するんですよ。あの子もそのつもりであんな女と結婚したんですからね。」
「お母様、こんなの酷過ぎるわ!」
椿はそう言うと千尋が総司の物を運び出そうとするのを止めた。
「これくらいしないと、わたくしの気持ちが収まらないのよ、止めないで!」
「千尋、よさないか。」
歳三が見兼ねて2人の間に割って入ったが、千尋は歳三の手を邪険に振り払った。
「放っておいて!あの子ときたら・・年上の女に騙されて可哀想に!」
千尋は金切り声を上げて泣き叫ぶと、床に蹲った。
「千尋を部屋へ運べ。」
「承知しました。さぁ奥様、こちらへ・・」
「あの親不孝者め・・絶対に許さないわ・・」
総司への恨み事を吐きながら、千尋は部屋へと入っていった。
「さっきのを見ただろう?千尋はあの女に手塩にかけて育てた息子を奪われて悔しいのさ。」
「そうなの。亡くなられたわたくしのお母様に代わって総司兄様やわたしを育ててくださったんだものね。渡米しただけでもおさびしいのに、突然結婚だなんて・・お兄様もお兄様だわ、結婚なさったのなら連絡ひとつ寄越せばよかったのに。」
港では兄の味方をしようと思っていた椿であったが、息子を盗られた千尋が悲嘆する様子を目の当たりにし、結婚の挨拶に事前の連絡なしに来る兄夫婦の非常識さに彼女は腹が立った。
「ねぇ姉上、あれから全然連絡が来ないけど、どうなったのかなぁ?」
「さぁね。また突然帰国するんじゃなくて?」
学校から帰った巽がそう言って姉に兄夫婦の事を尋ねると、彼女はどこか冷めた口調でその話を切り上げた。
兄夫婦が渡米してからもう4年余り、向こうから連絡は一切なく、両親も姉も彼らの事は口にしない。
まるで彼らの存在を忘れ去ろうとしているかのように。
「巽、あなたこれからどうするつもりなの?」
「父上の会社を継ぐために、働いてみるよ。」
「そう、それは良かったわ。何処かの誰かさんと違って、あなたは年上の女に騙されないと思うから。」
「よさないか、千尋。」
「明日早いからもう部屋で休むよ。」
巽はそう言ってリビングから出て行き、部屋で休んだ。
翌日、彼は歳三ととともに就職先の会社へと向かった。
「わざわざついてこなくてもよかったのに。」
「社長には何かと面倒を掛けるからな、挨拶をするだけだ。」
「そう、ならいいけど・・」
巽は歳三につられて社長室へと向かうと、そこには既に丸顔の人の良さそうな社長が椅子に座っていた。
「社長、今日からうちの倅がお世話になります。」
「いいえ。土方君、今日から頑張りたまえよ。」
「宜しくお願い致します。」
社会人としての一歩を歩み始めた息子を、歳三は目を細めて見ていた。
息子が居る会社を後にした歳三は、街中で1人の少年とぶつかった。
「ああ、済まないね。」
「財布、出して貰おうか?」
歳三がそう言うと、少年は舌打ちして財布を彼に渡すと、雑踏の中へと消えていった。
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Last updated
2016.05.26 14:47:38
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