写真には今は亡き健一の曾父母・歳三と千尋、そして少年時代の父と叔母・椿と、見知らぬ青年が映っていた。
「お義父様、この方は?」
「あぁ、これは父が絶縁した長男の総司兄さんだ。」
巽はそう言って愛おしそうに青年の顔を撫でた。
「父には前妻が居てな、母は血の繋がらない兄と姉を愛情深く育ててくれた。だから総司兄さんがアメリカから帰国して5歳年上の女性を妊娠させて結婚したと聞いた時、両親は彼らと絶縁した。あの時の母の嘆きようは、まるで昨日の事のように憶えているよ。」
「まぁ、そんな事が・・それで、総司さんはどちらに?」
「アメリカで暮らしていたんだが、34歳で死んでしまった。今更だが、総司兄さんの息子・純に、両親の無礼を詫びたい。」
「お父さん、今まで苦しんできたんだね?でもあの頃はお祖父さんには逆らえなかったんだろう?」
「ああ。父の言う事は絶対だった。だがな、あの時総司兄さんと父の仲を取り持とうと努力していれば、あんな結果にはならなかったのかもしれない・・」
巽はそう言って言葉を切ると、激しく咳き込んだ。
「大丈夫ですか、お義父様?今日は冷え込みが厳しいから、お休みになられた方が・・」
「そうだな。辛気臭いことを考えてしまった所為かな。お休み。」
「お休みなさい、お父さん。」
翌朝、ダイニングに泣きはらした目をした梨沙が入って来た。
「梨沙、少しは反省したか?その顔を見ると一晩中泣いていたようだが?」
巽がそう言って彼女に声を掛けると、彼女は首を横に振った。
「泣いてなんかいません。おじいちゃん、迷惑をかけてごめんなさい。」
「謝るのはわたしじゃないだろう?」
「お父さん、お母さん、ごめんなさい。」
梨沙は両親に無礼な態度を取ったこと、迷惑をかけた事を謝罪した。
「梨沙、お前がいずれ親になる時、この言葉を憶えておきなさい。“親孝行したい時に親はなし”。」
「解りました、おじいちゃん。」
反抗期を迎え、親に何かと反発していた梨沙も、やがて社会へと出て荒波にもまれ、母親となった。
「ほら登、さっさと支度して!」
「そんな事言っても、まだ髪が決まらないんだよ!」
「髪くらい手櫛で整えなさいよ、みんな待ってるのよ!」
洗面台の前で整髪料片手に格闘する長男・登の尻を梨沙は叩くと、夫と娘が待っている車の助手席へと乗り込んだ。
「登はまだなのか?」
「そうなのよ。」
「もうお兄ちゃん放っておけばいいじゃん。」
長女の真由は携帯片手にそう言って溜息を吐いた。
「ごめん、遅くなった!」
「あんた、家の戸締りはしたんでしょうね?」
「したよ!」
「ったくもう、あんたの所為で約束の時間に遅れるじゃない!さ、あなた車出して!」
「わかった。」
隆と梨沙達が乗った車は、登達の曾祖父・巽が入所している房総半島の介護施設へと向かった。
「お祖父ちゃん、元気だった?」
「真由、久しぶりだな。」
113歳となった巽は、足腰が弱ったこと以外はぴんぴんとしていた。
「お祖父ちゃん、何してるの?」
「いやぁ、ブログというもんを始めようと思ってな。お前達がしているのを見てわたしもやろうと思ってな。」
「お祖父ちゃん、まだまだ若いね。じゃぁあたしが教えてあげるね!」
真由が巽にブログの使い方を教えている頃、登は施設の中庭で携帯片手に誰かと話していた。
「今は祖父ちゃんの所に居るって言ってるじゃん!話なら学校で聞くから!」
『もういいよ、登の馬鹿!』
「ったく、なんだよもう・・」
登は携帯の電源を切ると、溜息を吐いて祖父と妹がいる病室へと戻っていった。
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Last updated
2016.05.26 14:50:43
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