翌日、四郎は久しぶりに実家に寄ってみようと思い、城を出た。
美津姫に仕えるようになったのは10のときだったから、実家を出てもう9年になる。
当時貧困に喘いでいた四郎の村は、田園が枯渇し、毎日数十人の死者が出るほどの飢饉に襲われていた。
四郎の両親は、米俵100貫と引き換えに、彼を城へと奉公に出した。
城では、武家出身の小姓達によくいじめられた。城に奉公できるのは、武士子ども達だけなのだ。
「米と引き換えに城に口減らしに来た百姓の倅」と罵られ、殴られ、蹴られる日々が続いた。だが負けん気が強い四郎は、いじめられても必ずやり返し、自分をいじめている奴らを見返すため、勉学や武術にいっそう励み、今の地位を得た。
家に着くと、そこは9年前の半ば崩れかかったわらぶき屋根の家とは違い、新しいわらぶきがしかれ、完全に修復された姿だった。
「父上、母上、ただいま帰りました。」
四郎がそう言って引き戸を開けると、両親と4人の弟妹達の笑顔が彼を迎えた。
「四郎、久しぶりだね。よく帰ってきたね。」
母はすっかりたくましく成長した四郎を見て目を細めた。
「四郎兄ちゃん、お帰りなさいっ」
末妹のひでが、そう言って四郎に抱きついた。
「ただいま、ひで。」
その夜は、家族7人で賑やかに食卓を囲んだ。
妹達は城下町で買ってきたおみやげにおおはしゃぎしてそのうち眠ってしまった。
四郎は外に出て、久しぶりに故郷の空気を吸った。
9年ぶりの帰郷に、気が緩んでいた。
家に入ろうとすると、殺気を感じた。
四郎は戸口にかけてあった槍を構え、あたりの気配をうかがった。
敵は4,5人。近くの藪に息を潜めて自分に襲い掛かるタイミングを待っている。
(また、東雲の手の者か・・)
昨日城で勘三郎に宣戦布告したが、勘三郎は四郎の言葉で怒り、自分を亡き者にしようと刺客を差し向けたに違いない。
息を殺し、ゆっくりと歩を進めると、突然藪の中から黒衣の刺客がいっせいに四郎を取り囲んだ。
数は四郎が予想していたよりも多かった。4,5人と踏んでいたが、10人いる。
四郎は槍を振るい、自分を取り囲んでいる刺客を全て薙ぎ払った。
四郎は刺客の頭を探した。これだけの人数を指揮する人間が、必ずどこかにいるはずだ。
林の中に入ると、敵が4,5人襲いかかってきた。鎌を持った刺客が四郎の首筋を狙って懐に飛び込んできたところを、四郎は槍でその肩を突き刺して向こうの藪へと飛ばした。
仲間をやられたことに憤った刺客の1人が、日本刀を持って四郎に飛び掛ってきた。四郎は刺客の攻撃をかわし、槍で刺客の顔を突いた。
そのとき刺客が被っていた黒い頭巾が破れ、刺客の顔が月明かりに照らされた。
「澪・・」
数週間前、美津姫付の侍女だった澪が、今は敵方につき、自分を亡き者にしようとしている。
澪は冷たい目をして四郎を見ている。
「何故だ、どうして・・」
四郎は澪のことで動揺が隠せず、攻撃の手が少し鈍った。
その隙を狙って仲間が四方から飛び出し、一斉に刃を四郎の体に突き刺した。
「さよなら・・四郎様。」
澪はそう言って冷たく笑い、四郎の心臓に刀を振り下ろそうとした。
そのとき、どこからか声がして、澪の刀が長刀の刃で弾き飛ばされ、藪に転がった。
「お久しゅうございます、姫様。」
澪はギラギラした目でそう言って、美津を見た。
「お前、よくも四郎を・・」
美津はそう言って長刀を構えた。
「姫様が悪いのですぞ。姫様がわたしを修羅の道へと落としたのです。」
「黙れ、お前の言うことなんか聞きたくない。」
「そうですか・・では、死んでいただきますっ!」
激しい剣戟の音が、夜の林に鳴り響いた。
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Last updated
2012.03.07 15:37:03
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