「お父様、お話って何?」
凛が部屋に入ると、“父親”の隣に美しい青年が立っていた。
「凛、紹介しよう。お前の許嫁の、榊聖人さんだ。」
「許嫁?わたしの?」
凛は黄金色の瞳でじっと青年を見た。
「お前、綺麗な瞳をしているわね。人間なの?」
「ええ、人間ですよ。あなたは?」
青年はそう言って凛に微笑んだ。
「・・面白いわね、お前。気に入ったわ。」
凛は鈴を転がすような声で笑った。
「お父上からあなたがある男をここに連れてきたというお話を聞いたのですが、彼に会えますか?」
「ええ、会わせてあげるわ。」
凛は青年の手を掴んで、部屋から出て行った。
一方四郎は凛に与えられた部屋で溜息を吐きながら空に浮かぶ紅い月を見ていた。
(姫様・・)
紅い月を見ると、美津と過ごした昔の、穏やかな日々を思い出す。
身分の違いはあれども、戦など知らずに幸せに生きていた頃の事を。
あの時自分には愛する家族がいたが、今はもういない。
それは美津も同じことだ。
彼女はあの日、自分の国と両親を失った。
あの女―黄金色の瞳をした鬼姫が、彼らから全てを奪い取っていった。
家族、友人・・自分達にとってかけがえのない全てを、あの鬼姫は己の手の中で粉々に砕いて壊してしまった。
決してあの女を許さないと決めたのに、自分は彼女の元で働かざるおえなかった。
今頃美津は、自分を想って泣いているのだろうか。
(姫様、申し訳ありません・・わたしは・・)
今からでも遅くはない。
美津の元へ帰ろう。
ゆっくりと立ち上がり、部屋を出ようとした時、襖が開いて凛と見慣れぬ顔の青年が立っていた。
「四郎、紹介するわね。わたしの許嫁の、榊聖人さんよ。榊さん、こちらがわたしが連れてきた四郎よ。」
「君が、凛さんが連れてきたっていう・・」
青年はそう言ってじろじろと四郎を見た。
「わたしの顔に、何かついていますか?」
「・・いいえ。ただ、あなた綺麗な顔をしているなぁと思って。」
浅葱色の瞳を好奇心で煌めかせながら、青年は四郎を見つめた。
「さてと、行きましょうか。」
「何処へだ?」
「決まっているじゃない、あなたの愛しい鬼姫様のところよ。」
凛は口端を上げて笑いながら、少し青ざめている四郎を愉快そうに見た。
屯所の隊士部屋では、美津が頭から布団を被って声を押し殺して泣いていた。
あの時からいつも傍に居てくれた従者の突然の裏切りは、美津に計り知れない衝撃を与えた。
(四郎・・どうして・・どうしてわたしを裏切ったの?どうしてあんな奴の元に・・)
どんなに泣いても、胸にぽっかりと空いた大きな穴はいつまで経っても塞ぐことはできなかった。
泣き腫らした目を冷やす為に、美津は部屋を出て井戸へと向かった。
空を見上げると、紅い月が浮かんでいた。
あの日―国と両親を失い、四郎とエーリッヒとともに長い旅を始めたあの夜空に浮かんでいたのと、同じ月が。
(四郎・・)
愛しい人の事を思い出し、また目頭が熱くなった。
慌てて井戸で汲んだ水で顔を洗う。
「何を泣いているのですか?」
凛とした声がして、美津はゆっくりと顔を上げた。
目の前には、天使のような美しい青年が立っていた。
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Last updated
2012.04.01 22:15:26
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