美津は自分に襲いかかろうとする狼に対して刀を抜こうとしたが、間髪いれずに狼は美津を地面に押し倒した。
狼の巨体の下敷きとなった美津は、必死に酸素を求めて喘いだ。
「姫様っ!」
四郎の叫び声と共に、狼の断末魔の叫び声が路地に響いた。
「大丈夫ですか、姫様?」
美津はゆっくりと狼の骸を押し退けて立ちあがった。
狼は頭部を槍で一突きされ、絶命していた。そしてその槍は、狼の頭から喉元まで貫通していた。
「あと少しずれていたら、姫様のお体に傷をつけることになっていたかもしれません。お怪我がなくて本当によかったです。」
狼の頭から槍を抜きながら、四郎はそう言って主を見た。
「四郎、ありがとう。お陰で助かったわ。他の皆さんはどこに?」
「沖田先生達なら、向こうでお待ちしています。」
「わかったわ、すぐ行くと伝えて頂戴。」
「承知致しました。」
エーリッヒはそう言って路地を駆けて行った。
「一体この狼は何者だったのでしょう?今まで里で狼を見たことは何度かありますが、これほど大きなものは初めてです。」
「わたしもよ・・それよりも、この人の遺体を、屯所で引き取らないと。」
美津は狼の犠牲となってしまった女性―幾の遺体に向かって十字を切った。
「ええ。」
四郎と美津は、提灯を持ってエーリッヒの後を追った。
光が消え、後には闇が路地を満たした。
「遅くなってしまい、申し訳ありません。」
美津と四郎はそう言って沖田達に頭を下げた。
「狼はどうしました?」
「わたしが槍で仕留めました。後で川松様のお母君のご遺体を屯所へお運びしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「勿論いいですよ。いつまでも路上に野晒しにさせる訳にはいきませんからね。」
沖田は溜息を吐きながらそう言うと、美津達に背を向けて歩き出した。
「エーリッヒ、幾様はどうしてあんな所で狼に襲われたんだと思う?」
美津は狼に襲われる前に抱いていた疑問をエーリッヒに投げかけた。
「確かに、ご婦人が夜に一人歩き、しかもこんなに人気のない路地にいるなんて変ですね。それに彼女が1人でいる所をたまたま狼が襲いかかったというのも、妙に納得がゆきません。」
「わたし、昨日幾様にお会いしたけれど、第一印象としてはとても礼儀正しくて、慎重で、絶対に夜道を1人で歩かない方だと思ったの。こんな時間に1人でいたのは、何か事情があったのではないかしら?」
「少し調べてみる必要がありそうですね。狼が何故あの路地に居たのかを。」
「ええ・・」
屯所に戻った美津達は、今夜起きた事件の事が気になってなかなか眠れなかった。特に犠牲者が昨日美津と見合いした相手の母親だから尚更だ。
「ねぇ四郎、起きてる?」
「はい、起きておりますよ。」
美津は隣で四郎が起き上がる気配を感じた。
「やっぱりあの路地で何があったか気になるわ。2人であの路地を調べてみない?」
四郎は美津の言葉を聞いて押し黙ってしまった。
「ねぇ四郎、聞いてる?」
「余り危険なことはしない方がよろしいかと思いますが・・いつ何処に危険が潜んでいるかわからないのですから・・」
「でも、気になって・・」
「明日の朝、路地へ向かいましょう。朝ならばもし狼に襲われても反撃できますから。」
四郎はそう言うと、美津に背を向けて眠り始めた。
彼の言葉に釈然とせぬまま、美津はゆっくりと目を閉じて眠りに落ちていった。
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Last updated
2012.04.01 22:34:23
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