「どうしたシシィ、こっちに来なさい。」
「いいえ、今日はもう疲れてしまいました。」
シシィはそう言ってピーターに背を向けて部屋から出て行こうとしたが、彼女の手をピーター
は掴んだ。
「何処へ行く?」
「父の所ですわ。」
「お前の父親はわたしにお前を売ったんだ。だから言う通りにしろ。」
「嘘よ、嘘・・」
「本当の事だ。」
ピーターはそう言うと、一枚の書類をシシィに見せた。
「これが何だか解るか?借用書だ。お前の父親は莫大な借金と引き換えに娘を売ったんだ!」
(お父様が・・わたくしを・・)
「そんな・・」
シシィの中で、何かが崩れ落ちる音が聞こえた。
今までの17年間は、何だったのか。
父と共に暮らした17年間は、一体―
「良い子だ、シシィ。」
「嫌・・わたくしに触らないで!」
ピーターの手を払いのけ、シシィは悲鳴を上げた。
“我を呼んだか、娘よ。”
頭の中から誰かの声が直接響いた。
「済まないな、ユリウス。もう良くなった。」
「そうですか。ロザリオが見つかってよかった。」
ユリウスはそっとルドルフの髪を撫でながら安堵の溜息を吐いた。
「折角の旅行なのに、済まないな・・お前に心配ばかりかけてしまったな。」
「何をおっしゃいます。それよりもオーストラリアに着いたらゆっくり過ごしましょうね。」
「ああ、そうしよう。」
ルドルフがベッドから起き上がってユリウスを抱き締めようとした時、船内にアラームが鳴り響いた。
「何だ?」
「一体どうした?」
部屋から乗客達が何人か出て来て廊下を見ながら戸惑っていた。
「皆様、すぐさまデッキへと向かってください!船内で火災が起きました!すぐ救命ジャケットを着て、デッキへと避難してください!」
「火災ですって?」
「早く逃げないと!」
「係員の誘導に従ってください、押さないでください!」
ルドルフとユリウスは救命ジャケットを着ると、火災が起きている船室へと向かった。
「なんだ、これは・・」
そこには紅蓮の業火が船室を包み、その中でプラチナブロンドの髪を靡かせながら少女が歌を歌っていた。
「シシィ、何をしている、早く逃げるんだ!」
男性が声を掛けると、少女はぴたりと歌を歌うのを止め、ゆっくりと彼に振り向いた。
「お父・・様・・」
「シシィ?」
アルフェルトは、目の前に立っている愛娘の、変わり果てた姿に絶句した。
彼女のお気入りの真珠色のドレスは、ピーターと思しき返り血で赤黒く汚れており、蒼い瞳はギラギラと異様な光を放っていた。
その時、奥の方からけたたましい鳴き声がして、鳥とも蛇ともつかぬ化け物がルドルフ達に襲い掛かって来た。
ルドルフは咄嗟に愛剣を抜き、化け物の攻撃からユリウスとアルフェルトを守った。
「お嬢様・・」
甲高い音が床を鳴らしたかと思うと、長身の男が呆然と主を見ていた。
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