昼食を食べ終え、いつものように書類仕事をしていた聖良は、先ほど署長室に来た男の言葉を俄かに信じられないでいた。
“お迎えに上がりました、皇太子様。”
その男―ローゼンシュルツ王国大使と名乗った彼は、自分の名を確認すると、突然自分の前で腰を折り、跪いたのだ。
それだけでも面食らったのに、彼は自分の事を皇太子様と呼んだ。
この世に生を享けて27年、上流階級や王族といったセレブな人々とは関わった記憶は一切ないし、ましてや自分が王族だったらなんていう馬鹿らしい妄想ひとつも抱かずに生きてきた。
(きっと誰かと間違えたんだ・・他人のなんとやらって言うしな。)
聖良はそう思いながら溜まっていた書類を効率よく次々と処理していった。
「聖良、もう飯食ったか?」
肩を叩かれて振り向くと、警察学校で同期であり、築地署の同僚でもある山下知幸が聖良に微笑んでいた。
「とっくに食った。それよりその笑顔、何か企んでそうな気が・・」
「今日さぁ~、合コンに誘われてよ。メンバー足りないから、来てくれると嬉しいなぁ~って。」
「・・お前、また俺を巻き込むのか。」
数ヶ月前、知幸に誘われ合コンに初めて行った聖良は、そこで泥酔した男に絡まれてその男の顔面に裏拳を食らわし、後に署長から厳重注意を受けたことがあった。
「あれはあのオヤジが悪いんだろ?聖良にセクハラするからさ。大丈夫、今夜はセクハラオヤジはいないからさっ!」
「・・・」
勤務終了後、押しが強い知幸に半ば引き摺られながら、彼と共に合コンが開かれているイタリアンレストランに入った聖良は、そこで顔見知りと会ってしまった。
「君がどうしてこんなところにいるんだい?」
銀縁眼鏡越しの黒眼が冷たく聖良を見つめ、形のよい唇は不快そうに少し歪んでいた。
「知幸・・どうしてこんなところに鷹城警部補がいるんだ?」
「俺達おまけみたいなもんだから、気にしなくていいって!」
よりにもよってこんな所で本庁のエリート刑事、しかも自分を敵対視している鷹城警部補と会うのは、不運としか言いようがない。
「珍しいね、君がこんなところに来るなんて。女性達に君のそのシャイニーな魅力を振り撒きに来たのかい?」
少し酔っている所為なのか、鷹城警部補は早速聖良に絡み始めた。
「メンバーが足りないと言うので、仕方なく来ただけです。あなたこそこんな所にいらっしゃるなんて思いもしませんでしたよ。いずれはお父上の跡を継がれる御方ですから、硬派だとてっきり・・」
嫌味を嫌味で返し、聖良はニッコリと事務的な作り笑いを浮かべた。
「まぁ、君には立身出世など夢のまた夢だろうね。」
「出世なんて俺はこれっぽっちも考えておりませんよ。現場での仕事はやり甲斐がありますからね。」
「現場での仕事ねぇ・・最近君をよくテレビで見かけるが、あれも仕事のひとつなのかね?」
「マスコミは出来れば避けたいんですが・・あなたの方がテレビ映りよさそうなので、変わっていただきたいくらいですよ。何せ将来は次期警視総監様なんですから。」
鷹城警部補は顔を真っ赤にして、乱暴に上着を掴むと出口へと向かっていった。
「お前、何か言った?」
「別に。嫌味を嫌味で返しただけだ。」
ワインを一口飲みながら、聖良は溜息を吐いた。
「お前なかなかやるな。でも本庁にあんまり敵を作らない方がいいぜ。」
「口撃だけなら、あいつも愛しの父上様にチクッたりしないだろうさ。」
「言えてるな。」
聖良達が合コンをしているテーブルから少し離れたテーブルに、野球帽を目深に被った男が1人、座っていた。
男はジーンズのポケットから携帯を取り出し、聖良の顔をカメラで隠し撮りした。
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