「お前、こんな時間まで飲んで仕事はどうした?それに彼女だってお前の帰り待ってるんだろう?」
「女なんかいやしねぇよ。俺は死ぬまで1人で生きてくんだ。」
残っていたビール瓶ごとビールを飲み干すと、裕樹は虚ろな目をして聖良を見た。
「なぁ聖良、お前どうして警官になっちまったんだ?給料安いうえにコキ使われるし・・碌な仕事じゃねぇのに。俺とホストやってりゃぁ毎日楽しく過ごせるのによ。」
「警官になったのは、少しでもこの街の役に立てればいいと思ったからだ。それに俺にホストは向いてない。お前とは違うんだ。」
「・・いつもお前はそう言うよな、上から目線でよ。」
泥酔した裕樹はしつこく聖良に絡み始めた。
「お前はいいよな、いつも皆から頼りにされて、優しくされて、好かれて、愛されて・・親から捨てられた俺とは違ってさ!」
「そんなつもりで言ったわけじゃ・・」
「謝ってももう遅いんだよ。お前なんか大嫌いだ。」
裕樹はテーブルから立ち上がり、個室を千鳥足で出て行った。
「ごめんな、不快な思いさせちゃって・・」
聖良はそう言って俯いた。
「呑み直そうぜ。それにしてもあいつ、何だかお前のこと好きみたいだな。」
知幸は足音荒く居酒屋を出て行く裕樹の背中を見送りながら、ユッケを摘んだ。
「何処が?あいつ、俺の事絶対嫌ってると思う。」
「鈍いな、お前って。」
知幸はボソリと呟き、ビールを飲んだ。
「畜生、聖良なんか大嫌いだっ!」
帰宅した裕樹は、パソコンに向かって鬱憤を晴らすかのように、キーボードを激しく叩いた。
ワードの白い画面が次々と黒い文字で埋まっていく。
裕樹の脳裏には、初めて聖良と出逢った時のことが浮かんだ。
裕樹の母親は裕樹の誕生を望まず、中絶しようとしたが機会を逸して裕樹を産んだ。
3歳の頃、両親から虐待され、更に預けられた親戚からも虐待を受け、見兼ねた近所の住民が警察に通報し、裕樹は児童相談所に一時的に預けられ、最終的に“白百合の家”に預けられた。その頃には裕樹は完全に人間不信になってしまっていた。全身には煙草を押しつけられた跡と、熱湯のシャワーを毎日浴びせられたことによるケロイドが残り、顔の左半分には大きなケロイドが残った。
心身ともに深い傷を抱えた裕樹は誰とも打ち解けず、院長や施設の職員達にも反抗的な態度を取り、自分の殻に閉じ籠った。
やがて施設の子ども達は裕樹を怖がり、彼はいつも1人でいることが多くなった。
そんな中、唯一声をかけてきたのが聖良だった。
“ねぇ、一緒に遊ぼう。”
冬の陽光に照らされて美しく輝くブロンドの髪をなびかせた聖良の姿が、裕樹には太陽に見えた。
その瞬間から、裕樹はずっと聖良に恋心を抱いていた。
いつかその想いが聖良に届くと思った。
だが鈍感な聖良はちっとも裕樹の想いに気付く様子もなく、私立の男子校に進学し、高校卒業と共に警察学校へ入学し、施設を出て行ってしまった。
聖良という太陽を失った裕樹の生活は、荒れる一方だった。
職を転々として、今は新宿でホストをやりながらなんとか生活してゆける状態だった。
(畜生、なんであいつは俺の事を見てくれねぇんだ・・俺はこんなにもあいつのことを愛してるのに!)
あの日、自分の心を優しく照らしてくれた太陽の輝きを取り戻す為に、裕樹はある事を企み始めた。
いつか聖良が自分を見てくれると信じて。
翌朝二日酔いに苦しみながら聖良が築地署に出勤すると、同僚の視線が全身に絡みついた。
「どうしたんだ?」
「聖良、これ見ろよ。」
そう言って知幸が見せたラップトップの画面には、とんでもないものが映っていた。
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