ローゼンシュルツ王国・首都リヒト。
ここでは数ヶ月前に王党派と反王党派による衝突が起き、それが火種となってリヒト市内で自爆テロや爆弾テロが相次いだ。
リヒト市民達は買い物やカフェで食事することにも怯え、衝突が起きる前の、穏やかな街の風景は忽ち殺伐としたものとなった。
「またテロか・・」
リヒト市内のカフェのテラス席で、路地の向こうから立ち上る黒煙を眺めながら、1人の男がそう呟いてコーヒーを飲んだ。
銀髪を上品にセットし、イタリア製のオーダーメイドスーツを身に纏った彼こそ、反王党派のリーダー、ガンネルト=クラインシュタインその人である。
日本に暗殺者や武装集団を送りこませたのも、全て彼の仕業だ。
彼の目的はただひとつ、皇太子暗殺だ。
22年前、この国に内戦が起きた時に王宮から皇太子の姿が消えていたという部下の報告を受け、ガンネルトは血眼になって皇太子の消息を掴もうとしたが、成果は上がらなかった。
皇太子はきっと何処かで死んでいるだろうと思い始め、諦めかけた時に、ガンネルトはある情報を掴んだ。
行方不明の皇太子と思しき青年は、日本で生きていて警官をしていると。
そして、内戦時の記憶―自分が皇太子であった記憶を失くしていると。
その情報を掴んだガンネルトは、自らが所有するゲリラ部隊や諜報員を使い、彼らを日本に潜入させ、青年のありとあらゆる情報を掴ませ、彼を脅迫し、彼の職場に爆弾を届けた。
だが、彼はそれで死ななかった。
暗殺者を青年の職場の近くに送り込み、彼が職場を離れる時を狙うよう指示したが、暗殺者は青年と似た女を殺し、失敗した。
今度こそは逃がして堪るかとガンネルトは日本にいる部下から青年がとある政治家のパーティーに出席するという情報を得、そこへ暗殺部隊を送り込んだ。
3度目の失敗は許されない―ガンネルトはそう思いながらラップトップを立ち上げた。
画面にはパーティーに出席したドレス姿の青年が映っていた。
淡い蒼の布地に薔薇が刺繍されている美しいドレスを纏い、華やかに着飾った青年の姿は、学生時代の初恋の人であった皇妃にどこか似ていた。
学生時代―特に大学生の時、名門侯爵令嬢であり常にリーダーシップを発揮し、サークルのまとめ役だった皇妃は、才気煥発とした女学生で、皆のあこがれの的だった。
ガンネルトも皇妃に憧れ、彼女に恋焦がれていた男子学生の1人であった。
しかし皇妃はガンネルトよりも、当時皇太子だったあの忌々しい皇帝を選んだ。
最愛の人を奪われたガンネルトは怒りと屈辱、皇妃への愛憎を抱えながら20年以上もの歳月を生きてきた。
皇妃は殺したくないが、やがてこの国を治める血筋は絶たなければ―ガンネルトはそう思いながらメールをチェックした。
新着のメールが1通、入っていた。
それは、日本から送って来た青年のDNAと、皇妃のDNAを鑑定した研究所から鑑定結果を知らせるものだった。
「やはり・・あいつは皇太子様だったか・・」
ガンネルトはほくそ笑んで、空に向かって不気味に立ち上り次第に消えてゆく黒煙を眺めた。
青年をこの国に来させてはならない。
誰にも自分の野望を邪魔させる訳にはいかない。
その為にも綿密に計画を練って来たのだ。
いずれこの国の王となる計画を。
(あの忌々しい皇帝を倒し、わたしはこの国の王となり、今度こそ愛する人を手に入れる!)
喜色満面でラップトップを抱えてカフェを出たガンネルトは、軽やかな足取りで通りを歩き始めた。
松久邸では、彼が送り込んだ暗殺者のリーダーが携帯に出た。
『DNAの鑑定結果が出た。あの青年を今すぐ殺せ。他の奴も口封じの為に始末しろ。』
「承知しました。」
リーダーは携帯を切り、青年と他の人質が待つ大広間へと向かった。
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