「先生、脈拍、血圧が低下しました!」
医師や看護師が慌ただしく聖良に処置をする様子を、リヒャルトは壁際で呆然と突っ立って眺めていた。
(どうか、セーラ様をお助けください、主よ・・)
静かに祈りを捧げていると、突然ピーッという無機質で鋭い機械音が部屋中に響いた。
「心肺停止しました!」
「セーラ様、まだ死んではいけません、こんなところであなたはまだ死んではいけないっ!」
リヒャルトは制止する医師や看護師を振り切り、蝋人形のように蒼白な顔をした聖良の手を握り締めた。
「あなた様には、あなたの帰りを待っている民が居らっしゃいます!彼らにとってあなた様は希望の星なのです!あなたがいつかローゼンシュルツの夜空で燦然と光り輝くお姿を彼らに見せてください!」
―セーラ様・・
闇の中で、誰かが呼んでいる。
クリーム色のドレスの裾を摘みながら、聖良は声のする方へと走って行った。
だが、そこには誰もいない。
(誰なんだ、俺を呼ぶのは?)
しばらく歩いていると、突然人影が目の前に浮かんだ。
「よぉ、また会えたな、お姫様。」
「お前は・・」
それは、自分が松久邸で殺した男だった。
「一体どうしてこんな所に?ここは何処なんだ?」
「そんなの俺にも知ったこっちゃねぇよ。」
男はそう言って笑い、聖良の腕を掴んだ。
「俺と地獄へ堕ちて貰うぜ、お姫様。1人じゃ寂しいからな。」
「嫌だ。」
男の手を振りほどこうにも、それはビクともしない。
「俺を殺したんだから、俺と一緒に地獄に堕ちてくれてもいいだろう?俺はお前の事、気に入っているんだよ。」
男は口端を歪めて下卑た笑みを浮かべながら、聖良の腕を掴んでいた手を、腰に回そうとしていた。
「お止めなさい!」
凛とした声が響き、聖良は何者かに男と引き離された。
(一体、誰が・・)
聖良が振り向くと、そこにはあの動画に出ていた女性が立っていた。
「やっとお会いできましたね、お兄様。」
真紅の瞳を潤ませながら、女性はそう言って彼の手を握った。
「君は・・誰?」
「わたくしはマリア、あなたの妹です。お兄様、こんなところに居てはいけません。」
そう言って女性は聖良の背中を優しく押した。
「お兄様、わたくしの分まで生きてください。」
漆黒の闇の中に、突然一筋の光が射し込んできて、聖良は思わず目をつぶった。
―セーラ様、死んではいけません、セーラ様!
力強く、張りのある凛とした声が光の向こうから聞こえた。
聖良はゆっくりと、その向こうへと静かに歩いていった。
「セーラ様・・」
ゆっくり目を開けると、そこには涙で菫色の瞳を潤ませた青年が自分の前に立っていた。
「リ・・ヒャ・・ル・・ト・・?」
そっと彼の頬に触れると、聖良は再び目を閉じた。
「セーラ様!しっかりなさってください!」
「眠っただけです、もう出て行って下さい。」
手術室を出たリヒャルトは、神に感謝した。
(主よ、ありがとうございます・・セーラ様のお命を救ってくださって・・)
「彼の容態はどうなんですか?」
警官がそう言って彼を見た。
「セーラ様は、もう大丈夫です。」
そう言った彼の菫色の瞳から一筋の涙が流れ、頬を濡らしていた。
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