(くそ、あの女を取り逃がすだなんて!)
ホテルに隣接するビルで火災が起き、その現場でシシィ=ローゼンフェルトを目撃しながらも彼女を取り逃がしたことに対して、直輝は臍を噛んでいた。
「先輩、先輩にお会いしたい方が・・」
「男か、女か?」
「中年の女の方です。」
「わたしは居ないと言っておけ。後、あの女がまた私の前に現れた時には警察を呼ぶ。そのつもりでいろと伝えておけ。」
「はい・・」
姫沢が部屋から出て行く気配がして、直輝は溜息を吐いた。
自分の都合で我が子を捨てた癖に、自分に執着している母親の気持ちが直輝には全く解らなかった。
母親との関係よりも、事件を解決する方に力を入れたいのに―直輝は再び大きな溜息を吐くと、コーヒーを飲んだ。
「ねぇ、どうして直ちゃんに取り次いでくれないの?大事な話をしたいのよ!」
「申し訳ありませんが、上島氏はあなた様とはお会いしたくないようです。今度ここに来れば警察を呼びますので、そのつもりでいてください。」
姫沢は直輝の母親・奈緒子を部屋から追い出すと、ドアを閉めた。
「なんなのよ、もう!母親が息子に会っていけないっていうの!?」
奈緒子はヒステリックに叫びながらドアを叩いたが、中から返事はなかった。
「母さん、一体何しているのよ!」
直輝の部屋から戻ってきた奈緒子が自分の部屋に入ると、少女が彼女を睨みつけた。
「何って・・あんたの兄さんにお願いしに行っていたのよ。」
「母さん、みっともない真似はやめてよ!母さんの声、廊下まで響いてたんだからね!」
少女はそう言って奈緒子を睨み付けると、部屋から出て行った。
「もう、何よ、あたしの苦労も知らないで!」
奈緒子は苛立ち紛れに煙草を咥えて火をつけた。
「奈緒子、今まで何処に行ってたんだ?」
夫の和幸がそう言って奈緒子を見ると、彼女は溜息を吐いてソファに腰を下ろした。
「実の息子に会いに行こうと思ったら、追いかえされたのよ。こっちは深刻な問題を抱えているっていうのに!」
「幸太郎のドナーの事か?いくら近親者でも適合するとは限らないんだぞ?それに子供を捨てた母親が今更会いに来て、直輝君は良い気はしないだろう。」
「じゃぁ悠長にドナーを待っていろというの?時間がないのよ!」
和幸と奈緒子の会話を、部屋に戻ろうとしていた姫沢が聞いていた。
「そうか・・あの人は自分の子供を助けたいがためにわたしに会いたがっているのか。何処までも勝手な女だ。」
直輝はそう言って煙草に火を付けた。
「先輩、どうします?」
「どうするも何も、あの人の問題にわたしは介入する気はない。さてと、これから現場検証に行くぞ。」
「解りました。」
部屋を出た直輝と姫沢がエレベーターに乗ろうとした時、そこには奈緒子の姿があった。
「あら、直ちゃん。」
「気安くわたしの名を呼ばないでください。わたしはあなたとは親子の縁を切ったも同然です。」
「あのね、直ちゃん・・実はお願いがあって・・」
「ご自分の家庭の問題は、ご自分で解決してください。わたしは仕事で忙しいんです。姫沢、行くぞ。」
「は、はい・・」
直輝は一度も奈緒子の方を見もせずに、エレベーターから降りていった。
「薄情な子ね、あたしがお腹を痛めて産んだっていうのに。」
「当然だろう、君は母親として許されない事をしたんだからな。」
和幸は自分が犯した罪を全く反省しようとしていない妻の態度に呆れていた。
「ここが火元か。」
火災現場であるビルの内部に入った直輝は、炊事場へと向かった。
そこは炎によって激しく焼かれていた。
(これは何だ?)
煤に塗れたあるものを直輝が拾い上げた時、姫沢が何かを見て叫んだ。
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