「あんたは向こう行ってなさい!」
女性が少女の尻を叩くと、彼女は舌打ちして部屋から出て行った。
「すいません、あの子最近機嫌が悪くて・・千尋ちゃんの事で色々と言われたみたいで・・」
「いいえ、お構いなく。あれが、千尋さんの荷物ですか?」
「はい。」
直輝は大きめのボストンバッグのファスナーを開けて中を見ると、そこにはアルバムが入っていた。
ページを捲ると、どれも家族と映った写真ばかりだった。
「あの子、家族と離れて福島からここに世話になってたんです。学校ではからかわれて、家ではあの子に色々と嫌味を言われて、辛かっただろうに・・」
女性はそう言って涙ぐむと、エプロンで涙を拭い、部屋から出て行った。
(考えてもいなかった、騰蛇が被災地以外の場所に潜んでいることに。神崎千尋のように、福島から避難してきた子ども達や、避難所で暮らしている子ども達は、常にストレスを抱えている筈だ。)
被災地では大人達でもストレスを抱えて先の見えない生活を送っているし、子ども達もその影響を受けているだろう。
死亡した千尋のように、放射能による偏見から学校でいじめられ、親戚では疎ましがられ、家族とは離ればなれの生活を送り、どんなに心細かったことだろうか。
ボストンバッグには、千尋の携帯があった。
着信履歴を見ると、毎週日曜に父親からの着信が残っていた。
(お父さんからの電話が、何よりの励みになっていたんだな・・)
その娘が炎に焼かれて死んだことを知った父親の悲痛な顔が容易に想像できる。
「もう、済みましたか?」
「ええ。千尋さんの荷物は、どうなさるおつもりで?」
「福島の両親に返すつもりです。ここに置いとくのもなんだし、両親に渡した方が良いですから。」
「そうですか。ではわたしが、彼女の荷物を福島の両親に渡しに行きます。」
「ありがとうございます。これ、連絡先です。」
女性はそう言うと、直輝に千尋の両親の連絡先が書いてあるメモを渡してくれた。
親戚宅を後にし、松山市内のホテルへと戻った直輝は、溜息を吐いてベッドに大の字になって横たわった。
シャワーでも浴びようかと思ってベッドから起き上がった時、携帯が鳴った。
「もしもし?」
『先輩、姫沢です。仙台の実家が少し落ち着いたので、先輩に連絡を入れました。』
「そうか。じゃぁ東京にはいつ?」
『来週あたりです。先輩は今何処に?』
「愛媛だ。また騰蛇絡みの事件が起きた。加害者は福島から避難してきた少女・神崎千尋。彼女は福島から愛媛にある親戚宅に身を寄せていたが、学校ではいじめられ、親戚宅では従姉に疎ましがられていた。彼女の荷物を預かったから、福島の両親に出来るだけ早く渡そうと思っているんだが・・」
『震災から1ヶ月が過ぎたといっても、被災地ではまだ混乱が続いてますし、道路や交通機関の復旧もままならない状況です。それに、原発付近では住民ですら立ち入りが制限されているんですよ。』
「そうか・・被災地が落ち着き次第、こちらで千尋さんの荷物を預かっておくしかないな。」
『先輩、迷惑掛けてすいませんでした。』
「気にするな。仙台のご両親に宜しくと伝えておいてくれ。じゃぁな。」
姫沢との通話を終え、直輝は浴室へと向かった。
シャワーを浴びようと蛇口を捻ると、何故か水が少し熱かった。
(気の所為か?)
構わずにシャワーを浴びていると、熱湯が浴室の床を弾いた。
「まさか・・騰蛇か!?」
“ふふ、漸く気づいたか。”
何処からか、低い男の声がした。
「愛媛の事件はお前の仕業か?」
“あれはあの少女が、あの子の心が招いたことだ。いずれ、そなたの心も闇に支配されることとなろう。”
笑い声とともに、男の声が急に消えていった。
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