「先輩、ただいま戻りました。」
「お帰り、姫沢。色々と大変だったろう。」
直輝がそう言って相棒に声を掛けると、彼は直輝に土産物が入った紙袋を手渡した。
「これ、ご迷惑を掛けたお詫びに。」
「別に要らないのに。」
「自分の都合で休んだんですし、これ位しないと。」
姫沢がそう言うと、課長が彼らの所にやって来た。
「姫沢君、ありがとう。早速みんなで食べようじゃないか。」
「皆さんに召し上がっていただきたくて買ってきたんです。」
直輝達が姫沢からの土産の饅頭を頬張っていると、内通電話が掛かった。
「わたしが出る。」
直輝はそう言って受話器を取ると、受付の戸惑った声が聞こえた。
『上島さんにお会いしたいという方がお見えになってますけれど・・』
「どんな方ですか?」
『50代位の女性です。上島さんのお母様だとおっしゃって・・』
「追いかえしてください。部外者は一切入れないようにしてください。」
(またあの女か・・)
自分を捨てた事を忘れ、ソウルで馴れ馴れしく話しかけてきた奈緒子の憎たらしい顔が浮かび、直輝はその顔を即座に消し去り、報告書を書き始めた。
一方受付で追い返された奈緒子は、その足で息子が入院している病院へと向かった。
「母さん、久しぶり。」
「幸太郎、ごめんねぇ。お店が忙しくてなかなかお見舞いに行けなくて。」
奈緒子はそう言って再婚した夫との間に出来た長男・幸太郎に精一杯の笑顔を浮かべた。
「絶対にあんたのドナー見つけるから、それまで一緒に頑張ろうね!」
「母さん、無理して笑わなくてもいいよ。僕の所為で父さんと母さんが言い争っているのも知ってるし、お姉ちゃんが苛々してるのも知ってる。僕ばかり構わないで、少しはお姉ちゃんの事も気に掛けてあげて。」
「幸太郎・・」
直輝と前夫・直人を捨て、和幸と再婚して彼とともに店を切り盛りしながら2人の子を育てた奈緒子にとって、最愛の息子・幸太郎が病で苦しんでいる姿を見るのは何よりも辛かった。
身勝手だとわかってはいるが、息子の命を助ける為なら、恥を晒してでも捨てた息子に頭を下げるつもりだった。
そんな奈緒子の想いが、家庭に悪影響を与えていることに彼女はまだ気づかなかった。
日曜日、直輝は恵子が持って来た縁談を断ったのだが、“顔を見るだけでいいから”と、半ば強引に高級ホテルのフレンチレストランに連れて行かれた。
「お父様ったら、こんな日に仕事ですって。一体何を考えているのかしら?」
「ちゃんと事前にお父さんの都合を聞いてからじゃないと。」
「そんな事は解っているけどねぇ・・あ、お見えになったわ。」
直輝が顔を上げると、そこには振袖姿の女性が両親とともに椅子に腰を下ろしているところだった。
「初めまして、山田清美です。」
「初めまして、上島直輝の母でございます。山田さんお仕事は何を?」
「インテリアデザイナーをしております。」
「まぁ、素敵なお仕事ねぇ。直輝は公務員をしておりますの。わたくしが言うのもなんですけれど大変有能で、昇進も間違いなしですから・・」
「お母さん。」
直輝が恵子にそっと肘で突いたが、彼女は気にせずに話を続けた。
「山田さんはご結婚なさったらお仕事はおやめになるつもりですの?」
「いいえ。結婚・出産しても仕事は続けるつもりです。女性だけ家庭と仕事を両立できないのは、不公平だと思いませんか?」
「ま、まぁ・・はっきりと自分の意見をおっしゃる方なのねぇ。」
口先では清美の事を褒めてはいるが、恵子は不機嫌そうな表情を浮かべて彼女を見た。
「直輝さん、あのお嬢さん、あなたに相応しくないわ。」
「わたしではなく、お母さんに相応しくないのでしょう。」
見合いを終えてホテルから出ようとした直輝の背後に、神経を逆なでする声が聞こえた。
「直ちゃん!」
恵子と直輝が同時に振り向くと、そこには奈緒子が立っていた。
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