聖良が東京でリヒャルト率いるローゼンシュルツ王国関係者から皇太子になる為のレッスンを連日受けている頃、ロンドンでは1人の青年の事が話題になっていた。
その青年の名は、フリーゼ=クラインシュタイン。
父はローゼンシュルツ王室殲滅と政権簒奪を虎視眈々と狙う反逆者である。
反逆者であり、世界的なテロ組織と密接な関係を持っている父・ガンネルトに幼い頃から育てられたフリーゼは、18の時に父親と訣別し、医師となる為ロンドンの大学へと留学した。
父がいない遠い異国でなら、人殺しの息子と罵られ、後ろ指さされることもないだろうと思っていたが、それは甘い考えだった。
反逆者の息子として生まれてきたフリーゼは、一生反逆者の息子として生きなければならない現実を知った。
子に罪はないとよく言うが、そんなのは甘い綺麗事だとフリーゼは思っている。
現に、20年以上前に父親が引き起こした内戦の所為で、学校や近所では石を投げつけられ、罵声のシャワーを毎日浴びた。
自分は父とは違う、自分は誰も殺してはいないと思っているのに、父に家族や恋人を殺された遺族たちはそう思ってはくれないらしい。
秋が深まり冬の気配が感じ始められる日の朝、フリーゼは下宿先のアパートの窓から見える霧に包まれたピカデリー・サーカス広場を見ていた。
その昔、工場の煙によって「霧の都」と呼ばれていたロンドンだが、今でもその名にふさわしいほどに、この日街は濃霧に覆われていた。
米国に留学している妹は元気なのだろうか。
英国に留学して以来、欠かさず手紙やメールのやり取りをしているが、最近勉強が忙しいせいなのか、連絡がない。
母を早くに亡くし、家庭を顧みない父の代わりに使用人達に囲まれて育った妹にとって、自分が何よりの支えだった。
フリーゼも、自分に懐く妹が愛おしくて仕方がなかった。
学校で妹がいじめられているといじめっ子に立ち向かって彼女を守ったり、使用人の口がさない噂を彼女に聞かせないようにするのも自分の役目だった。
妹が世界中のだれよりも愛していたから、フリーゼは彼女が留学するまでいつも彼女を守った。
たとえ遠くに離れていても、妹の為ならば何処へでも行ける。
フリーゼは窓の外から視線を逸らし、テレビをつけた。
画面にはポーランド国境付近で何者かに殺害されたマリア皇女の事件現場が写っていた。
皇女がウィーン市内の大学寮から連れ出され、ポーランド国境付近で何者かによって射殺されてから数カ月余りが経つが、犯人は未だ見つかっていない。
ローゼンシュルツ王国内では皇女を殺したのは父の手の者だという噂が立っている。
誰が皇女を殺したのかは分からないが、聖母のように慈悲深く優しかった皇女の命と彼女の夢を奪ったのは王室を敵視している父の仕業に違いないと国民達や海外のメディアは決めつけていた。
何処へ行っても反逆者の息子と呼ばれ、罵られる日々。
いつになればそんな日々は終わりを告げるのだろうか。
妹と自分が安心して祖国に帰れる日はいつ来るのだろうか。
「ローゼ、お前に会いたい・・」
フリーゼはそう呟くと、テレビを消してアパートを出て行った。
ドアが閉まる音を聞いた大家の妻は、反逆者の息子が外出したことを知った。
「あいつ、いつここを出て行くのさ?」
でっぷりとした身体をゆすりながら、彼女は夫を見た。
「彼はここを出て行く事はないよ。彼の父親は酷い奴だけど、息子はそうとは限らんだろう?」
「けどね、テロリストを匿ってるって警察に知られたら、あたし達はどうなるんだい?」
「その時はその時さ。」
大家の老人はそう言って新聞を読み始めた。
同じ頃、ロンドンから海を隔てて遠く離れたNY郊外にある高級リゾート地・ハンプトンにある豪邸のテニスコートで、2人の女性達がテニスを楽しんでいた。
女性の1人は、米国留学中のフリーゼの妹、ローゼだった。
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Last updated
2012.04.09 21:33:22
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