ミルトネス伯爵一家との気まずいアフタヌーンティーの後、聖良は用意された部屋に入り、天蓋付きのベッドの上で寝転がった。
鷹城家に滞在している時に宛がわれた部屋よりも天井が高く、広さは鷹城家の部屋の2倍あった。エメラルドグリーンで統一された部屋のインテリアは華美ではないが気品が感じられ、まさしく英国貴族そのものといった感じのものだった。
生まれて初めての海外―しかも英国貴族の邸に長期間滞在するという体験は鷹城家の時と同じように不幸な結果を招くのか、聖良は不安になった。
日本に居た時は養父という心強い味方がいたし、時間があればいつでも会える距離だったので、さほど寂しくはなかったが、今回は誰も友人知己がおらず、頼れるのはまだ完全に心を開く事が出来ないでいる大使のリヒャルトと、王室関係者だけだ。
リヒャルト達のスパルタ教育の成果もあってか、キングス・イングリッシュは挨拶程度から日常会話まで短期間で完璧に話せるようになったが、生まれてからキングス・イングリッシュを話す英国人に通じるのかどうかが分からない。
考え始め出したら、色々と不安な事ばかり考えてしまう。
ほんの数ヶ月前までは一警官として上流階級とは全く無縁の世界で生きてきた聖良にとって上流階級の世界―貴族の世界は未知との遭遇そのものであった。
(このまま日本に帰りたい・・帰ってお義父様と一緒に暮らしたい・・)
国会議事堂前ではしゃいでいた気持ちは今や空気を失った風船のように萎え、あとは望郷への想いと、異国で暮らすことへの不安ばかりが募っていた。
だがこのまま日本に帰る訳にはいかない。
あの事件の後、聖良は友人を1人失った。
彼はもう元には戻らない。
彼の心を深く傷つけた自分が日本にいる資格はないと思って、もう日本には戻るまいと決意してここまで来たのだ。
(弱気になっちゃだめだ・・どんなことがあっても歯を食い縛って耐えなければ・・)
聖良はそう思いながらゆっくりと目を閉じた。
やがて彼は眠りの底へと沈んでいった。
その頃、ミルトネス伯爵家の長男・シャーロックは、自分の部屋で親友のロバートと談笑していた。
「お前のところにあの皇太子様がご滞在中って本当か?」
「ああ。何でも日本から来たとかで・・色々と事情を抱えているらしいよ。」
シャーロックはそう言って紅茶を一口飲んだ。
「お前は皇太子様のことを歓迎しているようだけど、あの我儘娘が皇太子様を受け入れるかどうかが問題だな。お兄様至上主義だから、お前と皇太子様が親しくなるとヒステリー起こすだろうよ。」
「エリザベスは兄離れが出来ないんだ。もう良い年頃なのに、困ってしまうよ。」
ロバートはシャーロックの言葉を聞いてクスリと笑った。
「あの娘に比べて、ガブリエルの方が可愛げがあるってもんだな。俺もあんな弟が欲しかったなぁ・・」
ロバートには寄宿学校に入っている9歳下の弟が居るが、悉く兄に対して反抗し、憎まれ口を叩いていると聞いている。
「ガブリエルは可愛いよ。それに賢いしね。将来が楽しみだ。」
「お前はブラコンか・・いい年して・・」
「シャーロック様、お客様がお見えでございます。」
ノックの音と共に、執事の声が聞こえたので、シャーロックとロバートは同時にドアの方を振り返った。
「お客様?」
「はい、何でもロバート様の寄宿学校時代の同窓生だとかで・・」
「入って貰いなさい。」
「かしこまりました。」
ドアが軋む音と共に、宗教画から抜け出した天使のような美しい容姿をした金髪蒼眼の青年が、部屋に入って来た。
「久しぶりだね、ロバート。元気にしていた?」
「ああ。お前はどうだ、ミカエル?」
ロバートはそう言って旧友を抱き締めた。
「シャーロック、紹介するよ。俺と同じ寄宿学校の同窓生だったミカエルだ。」
「初めまして。」
ミカエルはシャーロックに手を差し出した。
シャーロックはミカエルの手をそっと握った。
彼を見ると、彼の美しい蒼い瞳には冷たい光しか宿っていないことに、シャーロックは気付いた。
にほんブログ村