フリーゼは目の前に立っている女が父と敵対関係にあるローゼンシュルツ王国の皇太子だとは、俄かに信じられなかった。
皇太子が舞踏会に出席するとミカエルから聞かされた時、皇太子は自分の事を心底憎んでいるに違いないと思っていた。
「父が、国王陛下にした事は許されるべきではない。俺はここで父が今まで犯してきた罪に対して謝罪しようとも思わない。俺と父とは違う人間だ。」
そう言って皇太子を睨みつけたが、彼はドア付近で立っているだけで、何も言わない。
「皇太子様、あなたはわたしがテロリストの息子だからこの舞踏会でひと騒動起こそうとしているのだと思っているのでしょう?テロリストの子どもはテロリスト、そう思っていらっしゃるのでしょう?」
「俺はそんな事は思ってなどいない。」
聖良は扇子で顔を扇ぎながら言った。
「あなたは誰かに命じられて、この舞踏会に来たのでしょう?」
フリーゼはそう言って、聖良の反応を見たが、彼は何も動じない。
「お前との話はこれまでだな、無駄足だった。」
ドレスの裾を摘み、聖良は部屋から出て行った。
その頃舞踏会が行われている大広間では、リヒャルトがシャンパンを飲みながら周囲を観察していた。
長身で凛々しい軍服姿の彼は、何処に居ても目立っており、貴族や財閥の令嬢達が彼を品定めするように遠巻きに見ていた。
(セーラ様は一体何処へ行かれたのだろう・・)
先ほど大広間でフリーゼと踊っているのを見たが、飲み物を取りに行って戻った時には2人の姿はもうなかった。
正体がバレてミカエルが雇った殺し屋に殺されたのだろうか?
(無事で帰ってきてくださればいいが・・)
聖良の事で気を揉んでいると、視線を感じてリヒャルトは隣を見た。
「やぁ、奇遇だね。お前とこんな場所で会うなんて。」
ワイングラスを優雅に掲げながら、ミカエルはそう言って笑った。
「あなたは何故、舞踏会に・・」
「おや、知らないのかい?ヘルネスト次期伯爵とは古い知り合いなのさ。僕は正式に招かれたゲストだから、ここに居てもいいのさ。お前とは違う。」
「お言葉ですが、わたしも正式に伯爵家から招かれたゲストですよ。それよりもミカエル様、フリーゼは一体何処にいるんでしょうねぇ?先ほどからお姿が見えないのですが。」
「僕が知っている訳ないだろう、あいつの秘書でも何でもないんだから。それより皇太子様のドレス姿は目を見張るほどの美しさだねぇ。彼が男である事が惜しいよ。」
ミカエルはククッと笑いながらワインを一気に飲み干した。
(こちらの動きは何でもお見通しですか・・侮れませんね・・)
「リヒャルト、これだけは言っておくよ。僕の邪魔をしたら、お前と皇太子様を殺すよ。一度しくじったけれど、今度は必ず仕留めてみせるからね。」
冷やかな炎を瞳に宿しながらミカエルはそう言って、リヒャルトから離れた。
そんな彼の背中を見ながら、リヒャルトは溜息を吐きながら聖良の帰りを待っていた。
(正体バラしたのはマズかったかな・・)
大広間への階段へと繋がる長い廊下を歩きながら、聖良は溜息を吐いた。
リヒャルトから聞かされたフリーゼのイメージは、父親に似て血も涙もないテロリスト、というものだったが、会ってみると彼は父親を憎み、テロリストの息子として迫害されることへの哀しみと苦しみを背負った、どこか物悲しげでクールな青年だった。
テロリストの情報は彼から聞けなかったが、いずれまた会うことになるだろうから、その時また聞き出せばいいことだ。
(ちょっと早まったことをしたかな・・)
「久しぶりだね、セーラ。」
階段を降りようとした時、聖良は誰かに声を掛けられて振り向いた。
そこには、ミカエルが立っていた。
「ミカエルさん・・」
「君は警官の制服も似合うけど、ドレスも似合うね。」
「どうしてそんなこと知って・・」
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