聖良が英国で武装した男達に拉致されて消息を絶った事件が起きてから数週間が経った。
リヒャルトは男達の正体と、彼らを雇っている黒幕の正体を暴いて彼らを刑務所送りにしたが、肝心の聖良の消息は掴めなかった。
(わたしはセーラ様をお守りすることができなかった。セーラ様をお守りすると誓いながら、わたしは・・)
そう思いながらリヒャルトが溜息を吐いてウィーンの街を歩いていると、背後から強烈な視線を感じて彼は振り向いた。
そこには、ヴァイオリンケースを肩に担いでいる大学生風の青年が立っていた。
「わたしに何かご用ですか?」
「すいません・・あの、リヒャルト=マクダミアさんですよね?」
青年はそう言うと、リヒャルトを見た。
「俺はマクシミリアンです。マリア皇女様と同じウィーン音楽院のヴァイオリン科の学生です。」
「マリア皇女様をご存知なのですか?」
「はい、皇女様とは同じ学科でしたから。」
「そうですか。」
数分後、リヒャルトはマリア皇女の同じヴァイオリン科の学生から貴重な情報を得た。
「皇女様に、恋人がいらっしゃった?」
「はい。何でも皇女様のルームメイトによると、時折メールを送っていた方がおられたようです。」
マクシミリアンはそう言うとコーヒーを飲んだ。
「そのルームメイトが、現在何処にいるのかわかりますか?」
「まだ寮にいると思います。名前はローゼ。これが彼女の住所と電話番号、携帯の番号です。」
マクシミリアンからマリア皇女のルームメイトの連絡先が記されたメモを渡されたリヒャルトは、その足でマリア皇女のルームメイト・ローゼの元へと向かった。
「どなた?」
部屋のチェーンロックを開ける音がして、美しい赤毛の女性が顔を出した。
「ローゼさんですね?わたくしはこういう者です。」
リヒャルトは警戒する女性―ローゼに向かって名刺を差し出した。
「どうぞ、お入りください。」
マリア皇女がルームメイトと寮生活を送っていた部屋は、こじんまりとしていて清潔感がある部屋だった。
「あなたにお一つ、お聞きしたい事があるのです。先ほど皇女様と同じ学科の者から得た情報ですが、皇女様に恋人がいらっしゃったとか。」
「ええ、確かにいました。あの子のパソコンは警察に押収されましたが、すぐに返されました。普通、殺人事件があるとなかなかそういったものは返って来ないでしょう?気になってわたし、マリアのパソコンを調べてみたんです。そしたら・・」
ローゼはそこで言葉を切り、テーブルから身を乗り出した。
「パソコンのデータが、何者かによって消されていたんです。」
「それは、確かなのですか?」
「ええ。でもマリアが生前、もし自分が死んだらデータのバックアップを取って置いて欲しいと言われました。」
ローゼは椅子から立ち上がると、机の引き出しから何かを取り出した。
「どうぞ。」
彼女がそう言ってリヒャルトに差し出したのは、紺色のUSBメモリだった。
「これにマリアのパソコンに残されていたメールの送受信記録と、ブログのデータが残っています。どうかあの子を殺した犯人を見つけてください。」
「わかりました。ご協力頂いてありがとうございました。」
リヒャルトはローゼに微笑むと、USBメモリを彼女の手から受け取った。
「マリア様、これであなたを殺した犯人の情報に一歩、近づきました。待っていてください。」
ボソリと呟いたリヒャルトは、学生寮を出て宿泊先のホテルへと向かった。
その夜、リヒャルトは部屋でローゼから受け取ったUSBメモリをパソコンに挿し込んだ。
「まさか、そんな・・」
マリア皇女がメールのやり取りをしていた“恋人”の正体を知ったリヒャルトは、愕然としてパソコンの画面を凝視していた。
メールの文末にはいつも、見覚えのある紋章があった。
その紋章が何処の家のもので、それが何を意味するのかを、リヒャルトは知っていた。
にほんブログ村