「そうですか。ルドルフ様、折り入ってお話したいことがございます。」
リヒャルトがそう言って姿勢を正すと、ルドルフの顔が険しくなった。
「セーラ様のことですか?」
「はい。セーラ様は現在、リシェーム王国後宮に囚われているという情報を得ました。ですが、救出までには時間がかかるかもしれません・・」
「セーラ様救出に力を貸しましょう。オーストリア=ハプスブルクと貴国とは旧知の関係にあります。」
「ありがとうございます。」
リヒャルトはそう言うと、ルドルフと握手をした。
「こちらで夕飯を召し上がられますか? 遠方までおいでになられたのですから、ゆっくりと身体を休めてください。」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて・・」
和室から出たルドルフとリヒャルトがダイニングへと入ると、ダイニングテーブルにはルドルフの妻・瑞姫の手料理が並べてあった。
「大したものを用意できませんが、どうぞ。」
「いいえ。育児や家事でお忙しいのに、もてなしていただいてありがとうございます。」
リヒャルトはそう言うと、瑞姫は彼に笑みを浮かべてダイニングから出て行った。
「リヒャルト殿、セーラ様とは長いお付き合いだとか?」
「ええ。元々は皇妃様付の女官として仕えていたわたしの母が皇妃様と親しくしておりまして、わたしもセーラ様の遊び友達として王宮で過ごしておりました。けれど、セーラ様はその事を覚えていらっしゃいません。」
リヒャルトは溜息を吐くと、幼い頃を思い出した。
あの頃は、世間というものを全く知らず、無邪気に遊んでいるだけで楽しかった。
成人し、美しく成長したセーラを見つけたリヒャルトは歓喜に震えたが、彼が幼い頃の記憶を失っているという衝撃的な事実を知り、呆然となった。
だが、いつまでも立ち止まってはいけない。
一刻も早くセーラを救い出し、必ずローゼンシュルツへと戻る。
(セーラ様、わたしはあなたを必ず助け出します。)
「どうなさいました?」
「いいえ。」
ルドルフは、リヒャルトの紫紺の瞳が憂いの光を帯びていることに気づいた。
「リヒャルト様と、何を話されていたんですか?」
その夜、瑞姫はそう言って夫の隣へと横になった。
「ローゼンシュルツのセーラ様のことで、色々と話していたよ。リヒャルト殿は幼い頃からセーラ様と一緒だったが、セーラ様は幼い頃の記憶を失ったままなんだ。それでも彼は、セーラ様を慕っている・・君は彼のことを、どう思う?」
「どうって・・健気だと思います。相手が自分をたとえ忘れていても、彼は相手を一途に想い続けている・・それは難しいことだと思います。」
「そうか。」
瑞姫の言葉に、ルドルフは溜息を吐いた。
ゆっくりと顔を上げた聖良は、身体のだるさを感じた。
「セーラ様、どうなさいました?」
「大丈夫、少しだるいだけだから。」
主の顔色の悪さに驚いたサリーシャに対して、聖良は彼女を安心させるかのようにそう言うと、寝台に入って横になった。
数日前に初潮を迎えてからというものの、体調が優れない日々が多くなり、寝台から起き上がれるのはトイレと風呂の時だけだった。
(いつまで続くんだろう、こんなの・・)
聖良が眉間に皺を寄せながら下腹部の鈍痛に耐えていると、サリーシャが誰かと話をしていた。
「セーラ様、リシャド様がお見えになりました。」
「リシャド様が?」
聖良がゆっくりと寝台から身体を起こすと、そこには白いトーブ姿のリシャドが心配そうに聖良を見つめていた。
「体調が悪いと聞いたが、大丈夫なのか?」
「余り・・それよりもリシャド、ここへは何を?」
「セーラ、わたしはお前を妻に迎えることにした。」
「え・・今なんて?」
聖良がそう言ってリシャドに聞き返そうとしたとき、リシャドがその唇を塞いだ。
「セーラ、もう苦しまなくともよい。わたしの妻となってくれ。」
リシャドは聖良の前で跪くと、彼の手の甲に接吻した。
(これって、プロポーズ?)
突然のことに戸惑いながらも、聖良の答えは既に決まっていた。
「はい・・あなたの妻になります。」
その一部始終を見ていた数人の侍女達が、黄色い悲鳴を上げた。
「その結婚、認めなくてよ!」
鋭い声が中庭の方から聞こえたかと思うと、アルハンの第二王妃・シェーラが聖良とリシャドの間に割って入った。
「下がれ、シェーラ。お前がわたし達のことに口出す権利は無い。」
「あら、そうかしら? この者はまだ陛下の妻なのですよ。それなのに求婚をするとは、一体どういう神経をしていらっしゃるのかしら?」
シェーラはそう言うと、リシャドに勝ち誇った笑みを向けた。
「一体何の騒ぎだ、シェーラ?」
野太い声が聞こえ、後宮にアルハンが姿を現した。
「陛下、さきほどリシャド様があなたの妻に求婚をなさいましたよ。いくら親子といえども、これは見過ごせませんわよね?」
「それは、本当か?」
アルハンはそう言うと、リシャドを睨みつけた。
「はい、父上。わたしはセーラを妻として娶ろうと・・」
リシャドの言葉が終わらない内に、アルハンは彼を拳で殴っていた。
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