ルチアはアレクサンドリアの態度にムッとしながら、彼と踊り続けた。
「ルチア様のお母君は、南国育ちの姫君とか? こんな僻地に嫁がれて、さぞやご苦労なさったことでしょうね?」
「いいえ。父が何かと母を気に掛けてくれましたわ。それよりもミリア伯母様はお元気かしら? 最近お手紙が途絶えてしまって、心配しているんですの。」
アレクサンドリアの母で、エステア王国王妃であるミリアとルチアは、密かに文通をしていたが、最近ミリアからの文が途絶えてしまい、ルチアは気になってアレクサンドリアにそう尋ねると、彼は渋い顔をした。
「母は、少し体調を崩しているのです。」
「そうですの、では早く良くなってくださいと宜しくお伝えくださいな。」
「ええ、必ず・・」
彼のラヴェンダーの双眸が少し翳ったことに、ルチアは気づかなかった。
「ダンス、楽しかったですわ。御機嫌よう。」
ルチアはダンスが終わると、アレクサンドリアからさっと離れてアンダルス達の方へと向かった。
「あらルチア様、アレクサンドリア様とはもう踊らないんですか?」
「ええ。だってあの方、好きではないんですもの・・何だか自分より地位が低い者を見下したような物言いをなさるから。」
ルチアは扇子を口元に当てると、そう言って溜息を吐いた。
「ルチア様は人を見る目がありますねぇ。ああいう奴って、自分が何にも出来ない癖に親の威光を笠に着てやりたい放題するんですよねぇ。」
アンダルスが扇子を開いて弾けるように笑うと、ガブリエルが彼の肩を叩いた。
「どうしたの?」
「余りこのような場でそういう事を言うものではない。」
「まぁ、本当の事だから本人の耳にでも入ったら大変だよね。」
ガブリエルの忠告を軽く無視しながら、アンダルスはからからと笑った。
その時、カツカツと甲高い靴音が聞こえたかと思うと、ルチア達の背後に険しい表情を浮かべたアレクサンドリアが立っていた。
「皆さん楽しそうにお話ししておりますね。是非わたくしもお聞きしたいです。」
そう言いながら笑っているアレクサンドリアであったが、ラヴェンダーの双眸は怒りで燃えていた。
「いえいえ、ちょっとした世間話ですよ。」
アレクサンドリアを軽くあしらおうとしたアンダルスであったが、その態度がアレクサンドリアの癪に障ったらしい。
「あなたは確か、舞姫と呼ばれている方ですよね? 平民であるあなたが、何故このような場に?」
「僕はルチア様と国王陛下のお抱えなものでして。嘘だと思うならこの場で一差し舞って差し上げましょうか?」
ガブリエルがすかさずアンダルスを止めようと彼の腕を引いたが、彼の真紅の双眸には怒りの炎が宿っていた。
「ガブリエル、ちょっと借りるね。」
アンダルスはそう言うなり、ガブリエルが腰に帯びていた長剣を抜くと、それを天高く掲げた。
少しでも間合いを間違えれば鋭い刃で大怪我をするところであるが、伊達に幼い頃から舞の才能に秀でているアンダルスであり、長剣をまるで扇子のように軽々しく扱い、荒々しい戦場を激しくも美しい舞で表現した。
―あれは、戦場の舞・・
―誰一人として完璧に舞える者がいないという舞を・・
―やはりルチア様がお目に掛けたことがありますわね。
「まぁ、アンダルス、素晴らしかったわ。」
舞を終えたアンダルスに声を掛け、彼に拍手を送ったのは、ビュリュリー伯爵夫人だった。
「ありがとうございます、伯爵夫人。」
「あなたには天賦の才能がおありなのね。ミニコンサートが今から楽しみでしかたないわ。」
ビュリュリー伯爵夫人はちらりとアンダルスを陥れようとして目論見が外れ、怒りで顔を赤く染めたアレクサンドリアを見つめながら言った。
「いいえ。まぁ、アレクサンドリア様に平民といえども国王陛下のお眼鏡に適う者ならば庇護してくださるということが証明されましたからね。」
アンダルスが勝ち誇ったような笑みをアレクサンドリアに向けると、彼は大広間から出て行った。
(ふん、ざまぁみやがれ。才能さえあれば世の中どうとでも渡っていけるんだよ。)
一国の皇子の鼻を明かし、アンダルスは爽快な気分で伯爵夫人の方へと向き直り、彼女と談笑した。
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