歳三は吉岡悟の両親と会う為に、都内某所の高級料亭に来ていた。
「歳三さん、ご結婚なさったら今の仕事はどうなさるおつもりなの?」
吉岡の母親は、いかにも“お金持ちのお上品な奥様”といった印象で、何処か他人を見下しているようにも歳三は見えて、彼女を好きにはなれなかった。
「さぁ、その時になったら考えますが。」
「まぁ、じゃぁ子どもが出来たら当然おやめになるわよね?」
「それはその時になってから考えます。」
「そんな事をおっしゃって。」
相手が少し苛々しているとわかった歳三は、煙草を1本、箱から取り出してそれを口に咥えた。
「すいません、吸ってもいいですか?」
「構いませんけど・・あなた本当に、うちの悟と結婚する気はあるんでしょうね?」
「ええ。煙草は結婚しても止めませんから。あと仕事は今まで通り続けます。なんつーか、良妻賢母ってやつはわたしには合わないんでね。」
「まぁ・・あなた、ご自分の立場を解っていらっしゃらないのね。いいこと、あなたは吉岡家の嫁としていずれは跡取りの男児を産んで貰わなくては困ります。」
「誰が結婚するって言いましたか?」
歳三はそう言うと、吸い終った煙草を灰皿に押し付けた。
「言っときますが、俺は悟さんとセックスしただけで、結婚とか跡取りを産めとか言われてもそんな気はありません。」
彼女の言葉に、吉岡の顔が蒼褪めた。
「どういうことですか、土方さん!?僕と結婚してくれるって言ったじゃないですか!」
「んなもん、嘘に決まってるだろ、馬鹿。大体なぁ、一度セックスしただけで女が結婚すると思うか?甘ぇんだよ。」
歳三は新しい煙草に火をつけると、その煙を吉岡に吹きかけた。
激しく咳き込む悟と、唖然とする両親を残して、歳三は料亭を後にした。
(畜生、つい本音が出ちまった。)
吉岡と結婚し、彼を欺いて夫婦として暮らそうと思っていたのだが、やはりあんな優柔不断で甘やかされた金持ちのボンボンは好かない。
(これからどうっすかなあ・・)
夜の飲み屋街を歩きながら、歳三は溜息を吐いた。
「あ、土方先生じゃないですかぁ~!」
背後から上ずった声が聞こえたかと思うと、そこには奈緒美が歳三に向かって手を振っているところだった。
余り彼女とは会いたくなかった歳三であったが、無視するのも気まずいので彼女は奈緒美の方へと歩いていった。
「どうも。」
「土方先生、これから飲み会なんですけど、ご一緒しません?」
ふと周りを見ると、そこには同僚の教師が何人か居た。
「いや、今日は遠慮しときます。」
「そんな固い事言わずに。」
奈緒美は歳三の腕を掴み、有無を言わさずカラオケボックスへと連れ行こうとしていた。
その時、向こうから男の野太い声が聞こえた。
「よぉ、誰かと思ったらトシじゃねぇか。」
歳三が振り向くと、そこにはスーツを着てサングラスを掛けている男が立っていた。
「お、大蔵さん・・」
まさかこんな所で昔世話になった男に会うとは思っておらず、歳三は慌てて彼に頭を下げた。
「あの、お知り合いですか?」
「まぁな。お嬢ちゃん、ちょいとこいつ借りるぜ。」
男はそう言って奈緒美の手を振り払うと、歳三の腕を引っ張ってとある事務所へと入って行った。
「大蔵興業」と表向きには書かれているが、その正体は高金利で金を貸す、所謂闇金業者であった。
「てめぇ最近見ねぇと思ったら、先公になったって聞いてよぉ。ま、そこに掛けろや。」
男―大蔵はそう言ってソファにどかりと腰を下ろすと、歳三はその向かいのソファに慌てて腰を下ろした。
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