白鳥宮の王宮庭園では、駐日大使・吉田輝信とローゼンシュルツ王室外務大臣が談笑していた。
「いやはや、我が国と貴国との国交が樹立されてもう120年ですか。」
「めでたいですなぁ。」
そう言いながら両国の官僚たちが談笑していると、振袖姿の聖良が庭園にやって来た。
「皆さん、本日はお忙しい中来ていただき、ありがとうございます。」
聖良がそう言って吉田達に頭を下げると、彼らは聖良の振袖姿に見惚れていた。
「ほう、本日お召しになられているお振袖が良くお似合いですね、セーラ様。」
「そうですか?余り着慣れていないものですから、粗相をしないかどうか心配で。」
聖良はすっかり会話の中心となり、外務省の職員は90人近いゲストを上手くあしらう彼の社交術に感心していた。
「セーラ様、宮廷生活はいかがですか?」
「そうですねぇ、派閥などもあって色々と慣れないことがありますが、上手くやっておりますよ。」
聖良がそう言った時、遠くで叫び声が聞こえた。
「何だ、今のは?」
「さぁ、お気にならさず。」
聖良はシャンパンを飲みながら客達と談笑していると、怒りで顔を赤くしたアドリアーノ=オージェが警備兵に拘束されていた。
「離せ、貴様ら!わたしはセーラ様に話があるのだ!」
「下がれ!」
「どうした?」
聖良の顔から笑顔が消え、彼は冷淡な口調で警備兵に尋ねた。
「申し訳ございませぬ、皇太子様。この者が勝手に庭園に入り込んでしまって・・」
「彼を離せ。アドリアーノ=オージェとやら、話を聞こうではないか。丁度お前に渡したいものがある。」
聖良は振袖の裾を器用に捌いて庭園から出て行った。
「それで、俺に話というのは?」
「皇太子様は、あの事件の犯人はわたしであると疑っていらっしゃるのですか?ならばとんでもない誤解です!わたしは、皇妃様を殺害しようとした男を知っております!」
「知っているだと?それは何処のどいつだ?」
「リヒトの中心部から外れたところに、貧民街がございます。そこにその男は潜んでおります!」
「貧民街、ねぇ・・俺はこの国の事は良く知らんが、庶民が苦しい生活を送っていることは把握している。それならば母上を殺害しようとしている犯人の目星がつくな。」
「では、今すぐ参りますか、貧民街へ?」
アドリアーノの瞳が、ぎらりと光った。
「いや、止めておこう。今日はめでたい日だ。俺は余り暇ではないのでな。」
聖良はソファから立ち上がると、部屋を出て行こうとした。
「ああ、忘れていた。これ、お前のものだろう?」
彼は去り際に時計をアドリアーノに渡すと、彼の顔が蒼褪めた。
「ど、何処でそれを・・」
「さぁな。」
聖良は口端を歪めて笑うと、客達が居る庭園へと戻っていった。
「くそ、あの野郎・・」
部屋に残されたアドリアーノは舌打ちしながら、苛立ち紛れにテーブルを拳で叩いた。
(世間知らずな外国人かと思っていたが、甘かった・・あいつに腕時計を拾われたなんて知られたら、父上からどんな目に遭うか・・)
聖良から腕時計を渡され、アドリアーノは少し焦り始めていた。
だがそれを彼に悟られてはいけない。
(あいつが気づく前に、証拠を消しておかなければ・・)
アドリアーノは俯いていた顔を上げ、部屋から出ると廊下を歩き始めた。
王宮の裏口から出た彼が向かったのは、自分に繋がる証人―即ち皇妃襲撃の犯人である男が潜んでいる貧民街であった。
途中で服を着替え、貴族だと解らぬような服装をしたアドリアーノは、裏路地に充満する悪臭に吐き気を催しながらも、路地の奥へと進んでいった。
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