「今のショット、惜しかったですね。」
突然背後から声を掛けられてアッヘンバッハ伯爵が振り向くと、そこには噂の皇太子が立っていた。
「セーラ様、でしたかな?あなた様のショットは大変良かった。」
「そうでしたか。ゴルフでは全くの初心者でして。あれはまぐれです。」
そう言って伯爵ににこりと笑う聖良は、彼のカールした口髭を見つめた。
「おや、その指輪は・・」
「ああ、これですか?この前、母上がわたしにくださいました。何かこの指輪に特別な意味でも?」
ルビーを嵌めている左手で髪を弄っていると、伯爵は咳払いをして聖良を見た。
「その指輪は、ローゼンシュルツの次期国王の証として我が国に受け継がれてきたものです。」
「そんな大層なものとは知りませんでした。では母上にすぐお返ししなければ・・」
聖良が慌てて指輪を抜こうとすると、伯爵が動揺した。
「なりません、その指輪はあなた様のものですから!」
伯爵の言葉に、周囲の者達は怪訝そうに彼を見た。
「冗談です。ではこれで。」
聖良はそう言って伯爵に背を向けると、呆然と突っ立っている彼を残してアルフリート達の元へと向かった。
「セーラ、遅かったな。」
「申し訳ありません、父上。少しアッヘンバッハ伯爵と話をしていて遅くなりました。」
「そうか。」
アルフリートが聖良に何かを言おうとした時、フリードリヒが彼らの間に割りこんできた。
「父様、もう疲れてしまったよ。」
「そうか。では今日はここまでにするか。」
一瞬フリードリヒはちらりと聖良を見ると、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。
彼の安い挑発に乗るつもりはなかったので、聖良は彼を無視した。
「伯爵とは何の話を?」
「別に。ただ挨拶をしただけだ。あいつ、俺が嵌めた指輪を見て驚いていたぞ。」
「そうですか・・アッヘンバッハは密かに王位を狙っていたという噂を聞いたことがありますから、余程悔しかったのでしょうね。」
その夜、王宮で聖良がゴルフ場での事をリヒャルトに話すと、彼はそう言って笑った。
「まぁ今回のゴルフで、誰が密かに父上を裏切っているのかは解った。後は犯人を上手く炙り出せるかどうかだ。」
「セーラ様はご立派になられましたね。初めてお会いした時は皇族の自覚のかけらもなくてどうなるのかと思いましたが。」
「・・それは貶しているのか、褒めているのか?」
「どちらとも受け取ってくださって構いません。それよりもセーラ様、明日の晩は宮廷舞踏会ですので、準備を怠らぬように。」
「舞踏会ねぇ・・王族とやらはパーティー好きの者が多いんだな。」
聖良はそう言うと、寝台に寝転がった。
「舞踏会は海外からの来賓をもてなす場であるとともに、貴族達の情報交換の場でもありますからね。当然のことながら、アドリアーノも来るでしょう。」
「あの成り上がり者も来るのか。それは楽しみだ。」
聖良はにっこりと笑うと、明日が来るのが待ち切れなかった。
翌日、聖良が部屋で朝食を食べていると仕立て屋が部屋に入って来た。
「セーラ様、早速ですが採寸をさせていただきます。」
「舞踏会用のドレスはもう持ってるが?」
聖良がそう言って仕立て屋を見ると、彼は顔の前で人差し指を振った。
「良いですか、セーラ様。舞踏会であなた様は燦然と光り輝く存在でなくてはなりません!着たきり雀などわたくしが認めませんよ、さぁ!」
リヒトの中心部に店を構える仕立て屋・アルフレドは、皇太子のドレスを作ることになり、いつもよりも張り切っていた。
一方、宮廷内では聖良がどんなドレスを着て舞踏会に来るのかが、既に注目されていた。
「セーラ様をエスコートされる殿方はどなたかしら?」
「それはあなた、リヒャルト様に決まっておりますわ。」
とある伯爵夫人の館で開かれたお茶会で、ご婦人達は聖良が舞踏会でどのような振る舞いをするのか、彼が皇太子として相応しいのかを語り合っていた。
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