「あの、ここは?」
「ああ、ここはアリエステ侯爵様のお屋敷さ。あたしはメイド長のハンナ。昨夜物音がしたと思ったら、あんた裏口に倒れてたんだもの、びっくりしたわ。」
女はそう言って笑った。
「俺は、どうすれば・・」
「安心しな、あたしが奥様に言ってここで働かせてくれるよう頼んだから。何も心配しなくてもいいからね。」
「ありがとうございます。」
聖良が頭を下げると、女は彼の肩を叩いた。
「さ、仕事するよ!さっさと顔を洗って来な!」
「はい・・」
ミカエルが何を企んでいるのかは知らないが、彼に負けては堪るものかと、聖良はミカエルへの闘志を燃やしながらベッドから降りて、冷たい水で顔を洗った。
屋根裏部屋を出て一階に降りると、既にそこには部屋の掃除をしているは数人のハウスメイド達が居た。
白のエプロンと黒のワンピースという、揃いの制服を着た彼女達は一斉に新入りのメイドを見た。
「あんた、見ない顔ね?」
そう言って聖良の前に立ったのは、漆黒の髪を結いあげ褐色の瞳をしたメイドだった。
「今日からこちらでお世話になります、セーラと申します。」
「ふぅん。あたしはアンリ。その様子だとこの仕事は初めてらしいけれど、あんたに仕事を教える程あたしらは暇じゃないからね。」
メイドは鼻を鳴らして聖良に背を向けると、居間から出て行った。
「暖炉の掃除をして頂戴。絨毯を汚したら承知しないからね。」
「解りました。」
アンリ達に言いつけられた仕事を聖良は一通りしたが、慣れない重労働に身体が悲鳴を上げた。
彼が裏口の階段に座り込んで溜息を吐いていると、館の中からこちらへと向かう足音が聞こえた。
「君、どうしたの?もしかして、アンリにいじめられた?」
聖良が振り向くと、そこには癖のある金髪を靡かせた青年が、真紅の瞳で彼を見ていた。
「あの・・あなたは?」
「僕?僕はフレッドさ。君は?」
「俺は・・」
「セーラ、あんたこんな所で油売ってんじゃないわよ!」
廊下の向こうでアンリの怒鳴り声が聞こえ、聖良は慌てて青年に頭を下げて彼女の元へと駆けていった。
「綺麗な子だなぁ・・」
アリエステ侯爵の次男坊・フレッドはそう呟いて聖良の背中を眺めた。
「セーラ、奥様がお帰りになられるまでこれを全部下ごしらえを済ませておいてね!」
「これを、ですか?」
「そうよ。あんた新入りなんだから、当然でしょう?」
テーブルに山のように積まれた林檎を前にして戸惑う聖良を、アンリ達はせせら笑った。
「いいこと、奥様のお怒りを買ったらあんたはクビよ。」
アンリ達はキッチンから出て行くと、聖良を一人館に残して外出した。
(ふん、まるでガキのいじめだな。レベルの低い連中に付き合ってられるか。)
聖良は包丁で林檎の皮を器用に剥き終えると、アップルパイの下ごしらえを全て済ませた。
「ただいま。」
「お帰りなさいませ、奥様。」
アリエステ侯爵夫人が帰宅すると、新しく雇ったメイドが彼女を出迎えた。
「あら、他のメイド達は?」
「さぁ、わたしにはわかりかねます。それよりも奥様、パイはいつごろお持ちしたらよいですか?」
「そうね、3時にお願いするわ。今日はお茶会があるのよ。」
アップルパイを焼いた聖良がそれをトレイに載せてダイニングに入ると、そこには鹿狩りで会った数人の貴婦人達が居た。
「あら、あなたセーラ様ではないの?」
「まぁ、セーラ様ですって?」
侯爵夫人はそう言うと、聖良を見た。
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