「ほう・・それは面白いことを聞いたぞ。」
ミカエルは口端を上げると、そう言ってディミトリを見た。
「いかがされますか、皇太子様?」
「さぁ・・それは後々考えることにしよう。それよりもディミトリ、何故そのような情報を俺に?お前にとって俺は敵の筈。敵に塩を送るなど・・」
「利害が一致すれば、敵も味方もありますまい。それよりも皇太子様・・いえ、ミカエル様、今後どのようになされば宜しいので?」
「それは、お前が色々と工作すれば良い。そなたほどの策士は、この国に於いて二人ともおらぬからの。」
「かしこまりました。では、失礼致します。」
ディミトリがミカエルの部屋から出ると、そこで待ち伏せしていたかのように柱の陰からフリードリヒが現れた。
「フリードリヒ様、どうなさいましたか?」
「別に。ねぇディミトリ、あいつとさっき何を話していたの?」
「お言葉を慎みなされませ。仮にもあのお方は兄上様でいらっしゃいますよ。」
「だがあいつは皇太子ではないんだろう、違うか?」
フリードリヒの真紅の瞳に見つめられ、ディミトリは思わず噴き出してしまった。
「何が可笑しい?」
「これは失礼。余りにもフリードリヒ様は聡いお方になられたなと思いましてね・・」
ディミトリがこうやって突然噴き出すのは、他人に指摘されたことが言い当てられた時だった。
「いつから気づいていらっしゃられましたか?今の皇太子様が偽者だということに?」
「あの舞踏会の後だ。いくら容姿が似ていても、偽者は偽者。貴様はあれを皇太子として偽り、何を企んでいるんだ?」
「それは申し上げられません。気心が知れたあなた様の前では、特に。」
「ふん、そうか。」
フリードリヒは急に興味を失ったかのようにディミトリに背を向けると、去っていった。
(さてと、これから色々と面倒な事が起きるだろうな。フリードリヒ様に勘付かれぬよう、慎重に動かねば。)
ディミトリは僧衣の裾を翻すと、闇の中へと消えていった。
一方、アリエステ侯爵から与えられた自室で、聖良はミカエルに対抗する策を練っていた。
彼のほうが自分より宮廷の事情もある程度把握しているし、人脈もある。
だが自分には何もない。
一体どうすれば情報が集められるだろうか―聖良がそう思いながら寝返りを打っていると、外が急に騒がしくなった。
「何だ、この騒ぎは!?」
「セーラ様、裏口からお逃げくださいませ!」
夜着を羽織り、何が何だかわからぬまま、聖良はアリエステ侯爵夫人とともに裏口へと向かった。
だがそこには、近衛隊が居た。
「一体こんな夜中に、何のご用です?」
「これをお読みくださいませ。」
隊長が一歩聖良たちの前に出ると、一枚の羊皮紙を突きつけた。
「“アリエステ侯爵夫人付侍女・アデーレを異端信仰の咎で身柄を拘束する”なんですか、これは!?異端信仰など・・」
「詳しくては異端審問所にて伺います。さぁ、こちらへ。」
「お待ちください!わたくしの侍女は何もしておりません!」
アリエステ侯爵夫人が必死に抗弁するも、非情にも隊長は聖良の両手に手錠を掛け、彼を馬に乗せた。
「セーラ様をどうさなるおつもりです!」
「心配するな、すぐに戻って来る!」
徐々に遠ざかってゆくアリエステ侯爵邸を眺めながら、聖良は不安に駆られた。
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