アリエステ侯爵邸から近衛隊に連行された聖良が着いたのは、王宮内にある異端審問所だった。
「一体どういうことなのか、説明して貰おうか?」
「実は、あなたに異端信仰の疑いが掛けられております。」
そう言った近衛隊長は、聖良を見た。
「異端信仰だと?どんな根拠で?」
「恐れながら、セーラ様は一時期イスラム圏にいらっしゃいましたよね?」
「俺がリシェーム王国に居たのは事実だが、それが異端信仰とどうつながりがある?俺はカトリックで、リシェーム王国滞在中は一度もモスクには行っていない。」
「そうですか・・ですが、それだけでは疑いが晴れないかもしれません。」
「疑いが?」
つまり、ミカエルが近衛隊を出動させ、聖良を連行するよう命じたのは、何かを企んでいるからだ。
よくもまぁ、次から次へと悪知恵が働くものだ。
「俺をここに連行せよと命じたのは、ミカエルだろう?」
「はい。申し訳ありませんが、疑いが晴れるまであなた様の身柄を拘束いたしますので、ご辛抱を。」
「わかった。」
自分が動けぬ内に、ミカエルに対抗する策を練る機会ができた。
「さぁ、こちらへ。」
馬から降りた聖良は、近衛兵隊長とともに異端審問所へと入っていった。
同じ王宮内でありながら、そこは陰鬱な場所であった。
聖良が入れられた場所は、暗くジメジメとした地下牢だった。
ここで何人もの犠牲者が解放の時を待ちながら死んでいったのだろう。
そう思うと、聖良は悪寒が走った。
「いつまでここに居ればいい?」
「それはわかりません。手荒にするなと上から言われておりますので。」
「拷問するな、という意味か?」
聖良が近衛隊長にそう尋ねると、彼は静かに頷いた。
「そうか・・あいつが地下牢に入れられたか。」
「はい、全て手筈通りに。」
「ご苦労。ディミトリ、獄吏に鼻薬をうんと嗅がせておけ。計画に狂いがないようにな。」
「わかりました。」
ディミトリは金貨の袋をミカエルから受け取り、彼の部屋から出て行った。
「君、案内してくれないか?」
彼は金貨の袋を獄吏にちらつかせながら言うと、彼は素直に袋を受け取った。
「ご気分はどうですか、セーラ様?」
「お前も一枚噛んでいたのか、ディミトリ。」
聖良はそう言って蒼い瞳でディミトリを睨みつけると、彼は鈴を転がしたかのような笑い声を上げた。
「おやおや、わたしはあなたから随分と嫌われているようですね。」
「ひとつだけ質問に答えろ。一体お前とミカエルは何を企んでいる?」
「そんな事を教えるわけにはいかないな。」
ディミトリの口調が突如砕けたものとなった。
それと同時に、金色の瞳に嗜虐的(しぎゃくてき)な光が躍った。
「近衛隊は君を拷問するなと命令されているが、それもあの方の作戦の内でね。じきに君が拘束されていることを知った騎士殿がここへと駆けつけてくるだろう。まぁ、その途中で彼は何者かに襲われ不慮の死を遂げる。君は彼の死を嘆き、絶望して命を絶つ、というストーリーだ。どうだい、いい脚本だろう?」
「地獄に堕ちるがいい、悪魔め!」
「何とでも怒鳴り散らすがいいさ。さてと、こんな陰気な場所には用がないから、わたしはもう失礼するよ。」
「おい、待て!」
地下牢から出て行くディミトリを前に、聖良は手も足も出なかった。
(クソッ、一体どうすれば・・)
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