「クソッ、霧のせいで何も見えやしねぇ!」
「ハンス、何処だ!?」
突如として白い霧に包まれたリヒャルトは、敵の死角に回り込み、彼らの様子を窺った。
「あいつ、何処行きやがった!」
「クソッ、見失っちまったじゃねぇか!」
男達が悪態を吐いている隙を狙って、リヒャルトは彼らに刃を向けた。
「うおっ!」
リヒャルトの攻撃を受けた男達の一人が道を踏み外し、崖下へと消えていった。
「野郎、よくも!」
仲間の死を目の当たりにした男達は憤怒に駆られ、リヒャルトを取り囲んだ。
「これでもう逃げられねぇぞ、覚悟しな!」
「それはどうかな?」
そう言ってふっと笑ったリヒャルトは、次々と男達を崖下へと叩き落とし、まるで何事もなかったかのようにバイクに跨って峠を下っていった。
「相手が悪かったね。まぁ、証人を消したんだからこちらにとっちゃぁ好都合だけどさ。」
ミカエルはそう言って扇子を開いたが、その指先は微かに震えていた。
「ミカエル様・・」
「報告が終わったのなら出て行け。」
「は・・」
恭しくミカエルに頭を下げたまま、ディミトリは彼の部屋から辞した。
一方、地下牢では聖良が寒さに震えていた。
冬を迎えたこの国は朝夕の寒暖の差が激しく、氷点下になることも稀ではなかった。
剥き出しの大理石の床は、否応がなしに聖良の体温を徐々に奪っていった。
聖良は激しく咳き込みながら、寒さで歯を鳴らせていると、誰かが地下牢に入ってくる気配がした。
「セーラ様。」
「誰だ?」
コツコツという誰かの靴音が、聖良の前で止まった。
「わたくしです、セーラ様。」
そう言って牢の前に立ったのは、リヒャルトだった。
「リヒャルト、無事だったのか?」
「ええ。それよりもご無事でよかった。」
「ああ・・」
リヒャルトが無事であることで気が緩んでしまったのか、聖良はそのまま床の上に倒れた。
「誰か医者を呼べ!」
リヒャルトが慌てて獄吏を呼ぶと、彼は錠前に鍵を挿し込んだ。
「セーラ様、しっかりなさってください!」
牢に入ったリヒャルトは、びくともしない聖良を抱き上げると、地下牢から出て行った。
「肺炎になる手前ですな。」
病院に連れて行った聖良を診察した医師は、そう言ってリヒャルトを見た。
「そうですか・・」
「余り無理をさせないようにしないと。栄養失調のようですしね。」
「わかりました。」
聖良の居る病室にリヒャルトが入ると、彼は苦しそうに呼吸をしながらベッドに横たわっていた。
「今はゆっくりとお休みください、セーラ様。」
リヒャルトはそっと聖良の髪を優しく梳いた。
「ふぅん、あいつがセーラを病院に・・」
「どういたしましょうか?」
「しばらく様子を見てみよう。」
ミカエルは悔しそうに唇を噛むと、ディミトリの方へと向き直った。
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