あの日―戦の火蓋が切って落とされ、故郷が紅蓮の炎に包まれるさなか、聖人が住んでいた村が凛率いる敵軍によって襲撃された。
その時聖人は辛くも難を逃れたが、村は全滅し、将来を誓い合った許婚は聖人の腕の中で息を引き取った。
“どうか・・仇を・・”
今わの際に許婚が残したその言葉と、凛に対する憎しみを糧に、聖人はここまで生きて来られたのだ。
「何を考えているの?」
不意に凛が聖人の方へと振り向くと、彼の顔を覗き込んだ。
月光に弾かれた金の双眸が、禍々しくも美しい光を放つさまを見ながら、あの日村人達はどんな思いで彼女を見ていたのだろうと聖人は思った。
「・・いいえ、何も。」
「そう。今夜は月が綺麗ね。お前もそう思わないこと?」
「ええ。」
凛は聖人に抱きつくと、そのまま彼の唇を塞ぎ、後頭部に手を回した。
「お前と祝言を挙げる日が待ち遠しくてたまらないわ。その時お前はどんな思いでわたしを見るのかしら?」
「さぁ・・」
「きっとお前はこう思うはずよ、白無垢に身を包んだわたしを見て、死んだ許婚のことを思い出しては、わたしへの憎しみを更に募らせる筈。」
凛は歌うようにそう言うと、金色の瞳で聖人を見た。
「どうして・・その事を?」
「わたしがお前のことを何も知らないとでも思ったの?わたしに近づいたのは、許婚の仇を討つ為。そして利害が一致したからわたしと共に行動しているだけ。そんなことがなければ、望んでわたしに手を貸したりはしないわよね?」
凛を侮っていたことに、聖人は臍(ほぞ)を噛んだ。
彼女はかなり用意周到な性格で、人の裏をかくことも平気でする。
罪悪感や良心の阿責(あしゃく)といったものを一切感じないので、望んで悪事に手を染める。
それが今、自分に仕えている主の本性なのだ。
「ねぇ聖人、お前にわたしが倒せるとでも思っているの?」
「思っておりませんよ。」
「お前は嘘つきね。でも前の従者と比べてマシだわ。あいつは嘘をつくと顔にすぐ出てしまっていたもの。でもお前は違う。」
凛の裏をかくには、感情を押し殺すこと―その事を常に自分の心に念じていた聖人は、凛に本音を言い当てられた時も感情の起伏を顔に出さずにいた。
それを見た凛はもう興味を失ったかのような顔をして、聖人に背を向けた。
「最近お前はつまらないわねぇ。わたしがからかっても何の反応もしない。まぁ、いいけどね。」
「すいません・・」
「いいのよ、謝らなくて。」
彼女は今何を考えているのか、聖人は未だにわからずにいる。
だが人には他人には見せない所はひとつやふたつある。
凛の場合は、その部分が多いだけだ。
「さてと、またお父様に怒られるわね。」
「わたしがうまくやりますから。」
「そうこなくっちゃ。」
一度絡みついた蜘蛛の糸は、どう身を捩(よじ)っても逃れる術はない。
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Last updated
2012.10.10 13:47:12
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