それからというもの、エーリッヒは忙しいときにも関わらず、四郎の看病を毎日していた。
「済まないな、お前の手を煩わせて。」
「謝るな、馬鹿。お前に感謝されることはあるが、謝られることは何ひとつしていないつもりだ。」
エーリッヒはそう言ってレンゲで粥を一口分取ると、それを四郎の口元に運んだ。
「熱いから、俺が冷ましてやろうか?」
「そんなこと、俺でも出来る。」
四郎は少しムッとした表情を浮かべると、エーリッヒの手からレンゲを奪い、粥に少し息を吹きかけてそれを食べた。
「どうだ?」
「中々いい。初めてにしては上出来だな。」
「まぁな。昔凛のところで働いていたときは、散々こき使われたからな。」
「そうか。」
二人きりになると、いつの間にか過ぎ去った頃のことを思い出してしまう。
「何でだろうな、鬼になってから、最近昔のことばかり思い出すんだ。もう過ぎ去って戻ることのない時間に、再び戻りたいと思うような気がしてならない。」
「わたしもだ。戦が起こる前は平和だったからな。それに・・わたしの家族はまだ生きていた。」
四郎の言葉を聞いた途端、エーリッヒは黙り込んでしまった。
彼の家族は、凛によって虐殺された。
凛への憎しみと家族の仇を討つ為だけに、気が遠くなるような長い年月を四郎は美津とともに過ごしてきたのだ。
「なぁ四郎、ひとつ聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「初めて・・俺と会ったとき、俺のことをどう思った?」
「なんだ、そんなことか。」
四郎はくすくすと笑いながら、エーリッヒと初めて会ったときのことを思い出した。
敵方についていた彼は堂々と美津の居る城へと入り、勝負を挑んできた。
そして彼は美津の側につき、四郎とともに彼女の従者となった。
突然恋敵が現れ、四郎はその時心が乱れたが、エーリッヒの美津に対する想いは単なる友愛だと気づいたとき、いつの間にか彼に対する嫉妬は四郎の心から消え去っていた。
「はじめは憎たらしくいけすかない奴だと思っていたが、そうではないと気づいたときは島原に居たときかな。」
「そうか。あまりお前が姫様とばかり話しているから、てっきり嫌われているのかと思ったよ。」
「そうか・・」
四郎は布団から出て立ち上がると、文机の上に置いてあった守り袋を手に取った。
「なぁ、これを覚えているか?」
そう言って彼は、守り袋の中からトパーズの指輪を取り出した。
「懐かしいな・・」
それを見たエーリッヒのコバルトブルーの瞳が、懐かしそうに細められた。
その指輪は昔、美津と3人で友情の印として彼女にもらったものだった。
「お前はまだ持っているのか?」
「もちろんさ。大事な友情の証だからな。なくさないよう、こうして身につけているよ。」
エーリッヒは首から提げている鎖ごと指輪を四郎に見せた。
「お前のように身に着けたほうが失くさずに済むかもしれんな。こんな無防備に高価な物を置いていると誰か盗みに入るかもしれないし。」
「そうしろ。鎖は俺が用意するから。」
「ありがとう。」
「何だか照れ臭いな。」
エーリッヒはハシバミ色の髪をボリボリと掻きながら、照れ臭そうに笑った。
「姫様は、今何処にいらっしゃるのだろう?」
「さぁな。だがあの姫様だ、簡単にくたばるようなお方ではない。」
「そうだな・・」
2人が美津のことに想いを馳せていると、廊下で誰かが走ってくるような音がした。
「何だ?」
「さぁ・・」
「四郎、エーリッヒ、ここに居たのか!」
襖が勢いよく開かれたと思うと、十番隊組長・原田左之助が部屋に入ってきた。
「原田先生、どうされました?」
「さっき土方さんから聞いたんだが・・坂本龍馬が暗殺された!」
「何ですって!?」
左之助の話を聞いた二人の顔が強張った。
1867(慶応三)年11月15日、薩長同盟を成立させた維新の立役者・坂本龍馬は近江屋にて何者かに暗殺され、31歳の若さで没した。
彼の死をきっかけに、日本中は動乱と混沌、そして戦の渦へと容赦なく巻き込まれていくのだった。
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Last updated
2012.10.12 15:19:14
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