(父様!?)
自分を睨みつけている男は、亡き父・香と良く似ていた。
「お館様、曲者を捕らえましてございます!」
男達の一人がそういうと羅姫(らひ)の腕を掴んだ。
「わたしに気安く触らないで!」
羅姫は鋭い声を上げると、男の横っ面を張った。
「こやつ、女の癖に生意気な!」
「やめよ!」
男の仲間がそう言って羅姫に拳を振り上げようとしたとき、男が猛禽を思わせるかのような目で男達を睨んだ。
「女子に手を上げるなど、言語道断!そなたら、一族の名を汚す気か!?」
「も、申し訳ありませぬ、お館様!」
「助けてくださってありがとうございます。」
男によって窮地を救われた羅姫は、そう言って彼に頭を下げた。
「そなた、面妖な格好をしておるが、その髪と瞳を見ると、我が一族の者だな。どのような経緯(いきさつ)でここに参ったのか、中で話を聞こう。」
「はい・・」
「自己紹介が遅れたな、わしは鴇和颯英(ときわそうえい)と申す。そなたの名は?」
「羅姫と申します。」
「良い名だ。そなたの父君と母君は生成りの絹のように穢れなく美しい娘に育つよう願ったのであろうな。」
香に良く似た颯英に微笑まれ、羅姫は泣きそうになった。
「どうした?」
「いえ・・」
「そなた、辛い目に遭うてきたのであろう。」
「両親を最近亡くしました・・」
「わしも幼き頃に父と母を亡くした。彼らの記憶はもうおぼろげであるが、そなたはさぞや辛かろうな。」
颯英はそっと羅姫の肩を励ますかのように叩いた。
「・・そうか。そういうことがあったのだな。」
「はい。あの、元の世界に戻る方法がわかりませんので、暫くこちらに置いていただけないでしょうか?」
「構わぬ。」
「お館様、こんな得体の知れぬ女を置くなど・・我らは反対ですぞ!」
颯英の言葉に、彼の近くに控えていた男が声を上げた。
「この女、我々と同じ鬼族ですが、人間と通じておるかもしれませぬ!」
「そうじゃ、混血の裏切り者やもしれぬ!」
周りの鬼族たちが喧々囂々(けんけんごうごう)と口々に叫ぶ中、颯英は持っていた扇を脇息に打ち付けた。
「鎮まりゃ!羅姫はわしの客人ぞ!もしさきほどのような非礼を彼女にしてみよ、その場で手打ちにしてくれる!」
「は、はは・・」
颯英の鶴の一声で、羅姫は暫く鴇和邸に滞在することになった。
「この部屋を使うがよい。」
颯英に案内された部屋は、美しい調度品に囲まれ、板張りの床は鏡代わりに使えるほどに磨き上げられている。
「いいんですか、こんな部屋を使っても?」
「そこは今は亡き我が妻が使っていた部屋での。」
「そうなんですか・・」
「我が同族なのだから、遠慮せずともよい。」
「ありがとう、ございます・・」
羅姫がそう言って颯英に頭を下げると、彼は花が綻ぶかのような笑みを浮かべた。
一方、ブロンドの髪を海風になびかせながら、キャサリン皇女は水平線の彼方を見つめていた。
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