「おはようございます。」
「おはようさん。身体の調子はどうだ?」
「はい。」
「歳、少し話さねぇか?」
「ええ。」
週明け、歳三が事務所に出勤すると、篠塚が彼を手招きして更衣室へと彼を連れて行った。
「何ですか?」
「お前ぇ、中卒だって言ってたろ?実はなぁ、お前ぇにこれ渡そうと思ってな。」
篠塚が歳三に渡したのは、使い古された参考書と問題集だった。
「これは?」
「俺のだ。もう資格取っちまったから、要らねぇんだ。」
「資格って?」
「大検・・もう呼び名は変わったか。今は高等学校卒業程度認定試験ていうんだったな。一度、受けてみても損はねぇぞ?」
「・・考えてみます。」
篠塚に手渡された問題集が入った紙袋をロッカーにしまいながら、歳三は彼とともに更衣室から出て事務所へと戻った。
「今日は余り仕事はねぇだろうなぁ。」
「どうしてです?」
「実はなぁ、この会社さぁ、近々本社が合併するって話があんだよ。」
「合併、ですか・・」
「今、何処も大変だろ?うちらみたいな中小企業は大変なんだよ。俺達はここで毎日頑張って働いているけど、いつ仕事がなくなるかわからねぇんだよ。」
「そうそう。ここをクビになったら、生きていられないよ。」
篠塚の話に、隣に座っていた女性が相槌を打った。
「だから俺らは今まで以上に働かなきゃなんねぇ。会社がなくまっちまう前に。」
「そうですね。」
「さ、暗い話はもうやめだ!」
篠塚はにっこりと笑うと、大声で演歌を歌い始めた。
はじめは暗く沈んでいた車内だったが、篠塚の歌声を聴いた従業員達は次々と彼の後に続いて歌い始めた。
それを傍目に見ながら、彼は会社のムードメーカーなのだなと歳三は思った。
篠塚は何かと周りに気を配り、新人の歳三に対して親切にしてくれる。
彼が居てこそ、歳三は会社から追い出されずに済んだのだ。
「あの・・土方さんですか?」
「はい、そうですが。」
いつものように歳三がロビーの掃除をしていると、彼の前に一人の女子社員がやって来た。
「あの、これ受け取ってください!」
女子社員がそう叫んで歳三に手渡したのは、ラブレターだった。
「は・・」
「じゃぁ、これで!」
羞恥から赤面した彼女は、そそくさとその場から走り去っていった。
「なんだぁ、隅に置けねぇなぁ。」
「篠塚さん・・」
「まぁ、お前ぇみてぇな色男、女が放っておく筈ねぇもんなぁ。」
篠塚は羨ましそうな顔をしながら、歳三の腹を肘で突いた。
「お疲れ様です。」
「ああ、気をつけてな!」
まだ体調が万全ではない歳三は、早退する事になった。
帰りのバスに揺られながら、彼は篠塚から渡された数学の参考書に目を通して見た。
ページのところどころに、手垢がついており、篠塚が使いこんでいることが一目で判った。
(まぁ、やってみるしかねぇか。)
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