草むらを、歳三は何かにおわれながらも走っていた。
だが、次第に距離を詰められていくのを感じ、早く逃げなければと彼が焦っていると、小石に躓(つまづ)き転んでしまった。
『見つけたぞ。』
地の底から響くかのような声が前方から聞こえ、歳三がゆっくりと振り向くと、そこには幼い頃キリシタン達を惨殺した男達が立っていた。
彼らは刀を抜き、じりじりと歳三に迫ってきた。
立ち上がろうとしたが、足が萎えてしまって動かない。
『覚悟しろ。』
「やめて・・」
歳三が命乞いをすると、男達はせせら笑った。
『お前達は国にあだなす邪教徒だ。』
『この国のためにはならない。』
男達は刃を歳三に向けた。
「やめて、許して!」
白銀の月が、自分の蒼褪めた顔と男達の憎しみに満ち満ちた顔を照らし出した。
「土方さん、どうしたんですか?」
息を荒くしながら歳三が目を覚ますと、傍らには総司が立っていた。
「総司、お前ぇいつから・・」
「さっき、大きな声が聞こえたから来たんですよ。」
総司はそう言って歳三を見ると、そっと指先を伸ばして歳三の首に提げているクルスを引きちぎった。
「てめぇ、何しやがる!」
「これが、土方さんの秘密ですか。僕いつも疑問に思っていたんですよねぇ、どんなに暑い日でも一分の隙もなく着物を着込んでいる土方さんは、何かを隠しているんじゃないかって。」
「返せ!」
「嫌ですよ。」
総司はそう言うと、クルスを持っていた手を高く掲げた。
「ねぇ、どうしてキリシタンであることを黙っていたんです?そうしないと近藤さんの傍に居られなくなるから?」
「それは・・」
「図星みたいですね。」
総司はせせら笑いながら、クルスを見た。
そこには、十字架に磔にされた耶蘇の姿が金で象られていた。
「いつからです?」
「それは・・江戸に居た頃からだ。俺のほかにも、何人か信者は居たが、みんな殺されちまった。」
歳三の脳裏に、幼い日に見た惨劇の光景が浮かんだ。
異国の神を信じただけというのに、虫けらのように無残に殺されてしまった信者達に、あの蔵で見た信者達の姿を重ねていた。
今まで隠し通せていた秘密が、こうも簡単に露見するとは。
「総司・・このことは・・」
「話しませんよ。土方さんの秘密を握っただけでも満足してるんですから。」
総司はそういうと、暗い愉悦の笑みを浮かべながら歳三を見た。
「総司・・」
幼い頃、あんなに華奢で守ってやりたいと思っていた少年は、いつの間にか狂気に満ちた目で自分を見つめていた。
「お前は、一体どうしちまったんだ?どうしてこんな・・」
「あなたが悪いんですよ。あなたが、近藤さんばかり独占するから・・」
「総司・・」
歳三は総司に手を伸ばしたが、彼はその手を振り払って副長室から出て行った。
クルスを握り締めながら、総司は肩を震わせて笑った。
(土方さんはもっと苦しめばいいんだ。僕から近藤さんを奪ったんだから・・)
白銀の月が、総司の狂気に歪んだ顔を照らした。
翌朝、歳三は朝餉を食べながら総司を見たが、彼は昨夜見せた狂気に満ちた表情を浮かべたのが嘘のように、平助たちと談笑していた。
あれは、嘘だったのだろうか。
「どうした、歳?」
「なんでもねぇよ。」
「そうか。」
道場へと向かおうとしたとき、歳三の前に総司が現れた。
「土方さん、僕あなたのこと嫌いですから。だから、あなたが苦しむ姿をこれから見るのが楽しみです。」
総司はそう言って笑った。
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