「あの子、何処の子だったのかしらね?」
「さぁ。でも良い身なりだからお坊ちゃんじゃないの?」
教坊への帰り道、椰娜(ユナ)と福姫(ボンヒ)は先程会った少年の事を話しながら、門の中へと入った。
「只今戻りました。」
「福姫、あんた英国人の家で家政婦として働いているんですってね?」
そう言いながら、先輩妓生(キーセン)の昌淑(チャンスク)が口元に意地悪い笑みを貼り付かせながら椰娜達の方へと近づいて来た。
「ええ、数日前から働いていますけど、それが何か?」
「あんた、お金を稼ぐ為なら何でもやるのね。」
「あら、昌淑さんほどではないですよ? 人気を成煕(ソンヒ)姐さんに奪われて悔しいからって、色々とある事ない事を姐さんのお客様に吹き込んでいるじゃありませんか?」
「あんた、生意気な子ね!」
昌淑はジロリと福姫を睨みつけたが、当の彼女はそれに臆せず昌淑を睨み返した。
「またあたしの事について変な噂を立てないでくださいね。まぁ、暇なあなたならそれだけしか楽しみがないでしょうから、仕方がありませんけれど。」
「ま・・」
怒りで顔を赤く染めている昌淑から背を向けた福姫は、さっさと自分の部屋へと戻って行った。
「あんた、あんな事を言っていいの? あの様子だと昌淑さんに何されるか解らないわよ?」
彼女の後を追い慌てて部屋に入った椰娜は、そう言って福姫を見ると、彼女は彼の言葉を鼻で笑った。
「別にあの人なんか怖くも何ともないわ。人を妬んで生きているような人に、負けて堪るものですか。あたしは父さん達の為に頑張って働いているのよ。」
「福姫、あんたの気持ちはよく解る。昌淑さんには気をつけないとね。」
椰娜の言葉を聞いた福姫は、静かに頷いた。
「お兄様、あの子をいつまでうちに置いておくおつもりなの?」
メリアンヌがそう言って仏頂面で話を切りだしたのは、夕食が終わってすぐの事だった。
「どうしてそんな事を言うんだ、アン? ボンヒさんの何処が気に入らないんだ?」
「だってあの子、娼婦でしょう? わたくしが居ない間にお兄様に言い寄っているのかと思うと、ゾッとするわ。」
妹の言葉を聞いたウィリアムの美しい眦が上がり、彼は初めて妹に手を上げた。
「アン、勝手にそんな事を言うな。ボンヒさんは家族を養う為にうちで働いているんだ。それにお前は勘違いをしている。ボンヒさんは娼婦じゃない。」
「お兄様はいつからあの方の肩を持つようになられたの? あの方が来る前は、わたくしにだけ優しかったのに!」
メリアンヌは涙で顔を汚しながら、ウィリアムを睨みつけた。
「もしかしてあの方の事が好きなんでしょう? わたくしを邪魔だと思っていらっしゃるんでしょう?」
「何を言っているんだ、お前は! 俺は別にボンヒさんの事を・・」
「もういい、聞きたくない!」
メリアンヌはそう叫ぶなり、ダイニングから飛び出して行った。
「全く、あいつは一体何が気に食わないんだ・・」
独りになったウィリアムは、そう呟くと深い溜息を吐いた。
翌朝、椰娜が井戸で顔を洗っていると、外から馬の嘶きが聞こえた。
「椰娜、あんたにお客様だよ。」
「は、はい・・」
(こんな時間にお客様が来られるなんて、珍しいわね・・)
素早く身支度を終えた椰娜が客が待っている部屋の中へと入ると、そこには昨日会った少年とその父親と思しき男が座っていた。
『君が、ユナかね?』
黒髪の男がそう英語で言って椰娜を見つめた。
「はい・・」
「先日はわたしの息子が君に迷惑を掛けてしまったね。」
突然韓国語を喋り出した男は、椰娜を手招きした。
「あの、あなたは?」
「わたしはエドワース。隣に居るのが息子のアルバートだ。」
男の隣に座っていた少年が、アイスブルーの瞳で椰娜を見た。
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2013.09.03 18:42:21
コメント(0)
|
コメントを書く
[連載小説:茨~Rose~姫] カテゴリの最新記事
もっと見る