「福姫(ボンヒ)、目を開けておくれ~!」
その日の夕方、福姫の遺体を引き取りに来た彼女の父親は、変わり果てた娘の姿を見るなり彼女の遺体に取り縋って泣き始めた。
それを傍で見ながら、椰娜や童妓(トンギ)仲間、先輩妓生(キーセン)達は涙を流した。
「一体どういう事なんだろうねぇ、あの子が入水自殺だなんて・・」
「信じられないよ・・」
「本当よねぇ・・」
福姫の遺体を荷車に載せた父親が教坊を出るのを見送った妓生達は、ひそひそとそう囁き合いながらそれぞれの部屋へと戻って行った。
(福姫、なんで自殺なんかしたの! あんた父さん達を養うって言ってたのに!)
幼い頃から共に修練を積んだ親友の突然の死に対して、椰娜は激しい怒りと悲しみに襲われ、ただただ呆然とするしか術がなかった。
「姫様、大丈夫ですか?」
「ちっとも大丈夫じゃないわ。どうしてあの子が自殺なんか・・一体あの子に何が・・」
「姫様・・」
「あの子が自殺なんてする筈がない! あの子はいつだって懸命に生きてた!」
そう叫んだ椰娜は激しく嗚咽すると床に蹲った。
親友の死を嘆き悲しむ椰娜の背中に手を伸ばそうとした仁錫(イソク)だったが、後少しで椰娜の髪に手が届こうとした時、彼はその手を引っ込めた。
「椰娜、入るわよ?」
襖の向こうで成煕(ソンヒ)の声が聞こえ、椰娜はゆっくりと顔を上げて袖口で涙を慌てて拭くと、襖を開いた。
「なんですか、成煕姐さん?」
部屋から出てきた椰娜の目蓋は泣き過ぎて腫れていた。
「あんた、大丈夫?」
「ええ、少し泣いたら気分が落ち着きました。けど、やっぱり福姫が死んだなんて信じられません。」
「そうよね、あたしだってまだ信じられないわ。でもね椰娜、あの子の分まで生きなさいよ?」
「はい、姐さん・・」
椰娜は成煕の言葉に頷くと、泣くのを止めた。
「早く支度なさいね。」
泣き過ぎて腫れた目元を覆い隠すように白粉をはたき、化粧を終えた椰娜は福姫が生前良く挿していた蝶の簪を挿してゆっくりと鏡台の前から立ち上がった。
「仁錫、どうしたの? あなたも支度なさい。」
「はい、姫様!」
「その呼び方は止めて。名前で呼んでって言ってるでしょう?」
「すいません・・椰娜様。」
部屋を出た椰娜と仁錫は、成煕とともに宴席へと向かった。
「もう大丈夫なの、椰娜?」
「もう大丈夫です。お客様の前では涙は流しませんから。」
そう言って椰娜は、成煕に微笑んだ。
「ねぇエドワード様、兄のことについて何か知っていたの?」
2人だけでアーサーの葬儀を終えた後、エドワードはそうメリアンヌに詰め寄られ、何も答えられなかった。
「済まない・・アン、わたしはエドと彼女の事は何も知らないし、どうしてこうなったのかは解らない。」
「あの子は、お兄様を殺したのよ! 絶対に許さないわ!」
メリアンヌは、黒繻子の扇子を乱暴に閉じた。
(ユナさん、今何をしているんですか?)
宴席の中で、椰娜は舞い踊り、伽耶琴を爪弾いた。
親友を亡くして心が張り裂けそうなのを隠して、椰娜は笑顔を浮かべながら成煕達と踊った。
「あれが、椰娜か?」
「ええ。」
「牡丹の花のような、美しい子だな。それに不思議な色の瞳をしている。」
男はそう言って盃の酒を美味そうに飲み干した。
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Last updated
2013.09.03 21:05:49
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